新しいものを「待つ」姿勢 山川健一
今は「待つ」ことが大切な時期なのだと思う──
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「私」物語化計画 2021年12月31日
特別公開:新しいものを「待つ」姿勢 山川健一
今日は大晦日である。2021年が終わる。皆さんにとって、どんな年でしたか。
僕らは共通してコロナ危機を生きているわけで、だからもちろん楽しいことばかりではなかったはずだ。その過酷な時代を生きているという連帯感を、僕は皆さんに感じる。得難い仲間なのだと思っています。
ところで「スピカと月」はお楽しみ頂けたでしょうか。なぜあの短編を掲載したかと言うと、「待つ」ことがテーマだからです。今は「待つ」ことが大切な時期なのだと思う。
冷たい風が吹き、ことによると雪が降り、大切な人は遠くにいる。希望はなかなか叶わない。
誰にとっても、そんな時期なのではないかと思う。
もちろん20代の人と60代の人では感覚は違うだろうが、でも「雪が降っているな」という空模様は同じだ。
今は静かに日々を過ごしながら、生命力を蓄える時期なのではないだろうか。雪が止んで青空が広がり、エネルギーが溜まり、風が吹き、ヨットが動き始めるのを僕らは待っている。
そんな今、お正月というのはなかなかに優れたフィクションなのではないだろうか。寝て起きると新しい年になっている──部屋の様子は何も変わっていないのに、なんとなく新たな気分になる。
そんなわけで、僕もこうして新しい年を待っている。
新しいことを学びたい気持ちが湧き上がるのを待っている。新しい言葉が雪明かりの向こう側からやってくるのを待っている。
例えばトーマス・ベルンハルトの間接話法についての知見を待っている。小説を結末から書く、というヴィジョンが形を結ぶのを待っている。『嵐が丘』の語り手の問題がクリアに像を結ぶのを待っている。
新しいものと出会うためには、古いものとお別れしなければならない。昨日の自分と決別しなければならない。ギリギリまで近づいた友人や恋人と、何よりもそんな関係を切り結んだ「私」と絶縁しなければならない。
それだけの強さを獲得しなければ「待つ」ことに意味がないのだ。
ここに新しい女性と知り合った男がいるとして、しかし彼は目の前の女性を別れた恋人と比べてばかりいる。微笑み方、不機嫌になるポイント、仕草やファッションや手の形──みんな違う。こんな男には、新しい女性と付き合う資格はないのだ。
どんなに愛おしくても前の恋人と100%絶縁しなければ、友よ、新しい女神はあなたの目の前にはあらわれないだろう。
あなたは別れた恋人をドブに叩き込んで忘れなければならないのである。
トーマス・ベルンハルトを理解するためにはカフカを、エミリー・ブロンテの唯一の長編小説に没頭するためにはドストエフスキーを、新しい小説を書くためにはたった今書き終えたばかりの自作の小説とスパッと縁を切ることである。
それが新しいものを「待つ」姿勢である。
断捨離? 近いがちょっと違う。断捨離とはヨーガの行法である断行(だんぎょう)・捨行(しゃぎょう)・離行(りぎょう)のことを言うのだろう。
断は「新たに手に入りそうな不要なものを断る」ことであり、捨は「家にずっとある不要な物を捨てる」ことだ。そして離は「物への執着から離れる」という意味なのだろう。
僕が待っているのは断捨離を実行した後の身軽で快適な生活と人生などではない。シンプルな生活や人生など送りたくはない。相変わらず雑然としていながらポイズンみたいにスウィートな、混乱した未知の、しかし自分にとっては新しい何かの価値を設計したいのだ。
新しい価値とは、誰かにとってはデビューすることであり、誰かにとっては新しい本を書くことであり、誰かにとっては新しい仕事であり、誰かにとっては同じパートナーとの新しい関係を発見することなのかもしれない。
わかりやすく言えば、僕らには新しい文学が必要なのだ。それを獲得するために、今は待っている。
回転する独楽が静止して見えるように、待っている姿勢は止まっているように見えるだろう。早弾きするエリック・クラプトンの指がゆっくり動いているように見えたから、若い頃の彼はスローハンドというニックネームで呼ばれたのだ。クリーム時代、”Sunshine Of Your Love“の頃だ。そんな激しいスローハンドと決別することで、クラプトンは“Wonderful Tonight”のようなバラードの名曲を書くことに成功したのである。
にこやかに微笑みながら、だが精神は高速で回転している。それが待つ姿勢である。
今の僕なんて日々部屋に引きこもり、たまに買い物や夕食や仕事に出かけるが、多くの時間を読書やゲームに費やし──だが精神は高速で回転している、はずだ。
若かったエリック・クラプトンのギタープレイのような激しさを内に秘めながら、美しいバラードを歌えるようになろう。そんなタイミングを「待つ」ことが大切なのだ──続きはオンラインサロンでご覧ください)