特別公開:特別編・長い小説を書くために8 恐怖の第4の型「双頭の悪魔」 山川健一

──こんなふうに、恐怖の構造のパターンを分析して、そいつをトレースして、新しいあなた自身の作品を書いてください

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「私」物語化計画 2020年11月13日

特別公開:特別編・長い小説を書くために8 恐怖の第4の型「双頭の悪魔」 山川健一

【学術会議を襲う恐怖】

2012年から13年まで、僕は日本学術会議の「言語・文学分野の参照基準検討分科会」の連携会員だった。大学と大学院の文学や言語学の教育水準を、どの分野のどのレベルで保証するのかを検討する会議で、僕以外はほぼ全員が東大と京大の教授達──しかも著名な人達ばかりだった。

毎回誰かがレジュメを書き、その内容を発表してその後、質疑応答がある。中国文学の移り変わりやフランスの言語論まで、もちろん日本文学の古典や戯曲に到るまで対象分野は幅広い。

この会議に参加したことは、劣等生の僕には非常に勉強になり、その内容は東北芸術工科大学での講義に活かされた。今はこの『「私」物語化計画』の講義にフィードバックしているつもりだ。

何よりも「俺ももっとちゃんと勉強しないと」と思えたし、実際、自分なりに必死に努力した。

僕も何回かレジュメを書いて、そんな各分野の世界的な権威である学者達に「講義」したわけだが、いやぁ、ビビった。

僕は半ば開き直り「日本の大学は東大と京大だけではない。地方の、とりわけ震災と原発事故に見舞われた東北の私立大学の学生達は発語の不可能性に直面している。そういう学生達を置き去りにした参照基準なんて意味がない」というようなことを話した。

学術会議なんてアカデミズムの砦だろうと僕は思っていたわけだが、さすがに各分野のトップを行く学者の方々は視野が広く、温かな気持ちを持っておられ「今の山川さんの話は貴重だ」と言ってくださり、毎回いくつもの丁寧な質問を受けた。

会議が終わると、何人かのメンバーでビールを飲みに行った。『されどわれらが日々』の作家にしてドイツ文学者の柴田翔さんも一緒のことが多かった。柴田さんは大江健三郎さんと同世代の、ぼくにとっては大先輩であり、専門はゲーテなどだ。

その柴田翔さんがビールを飲みながら「山川さんが毎回仰ることは、よくわかります。僕はいい意味でも悪い意味でも戦後民主主義の子供ですから」と仰った。

民主主義。

それが、今こそ真の力を発揮すべきなのである。

「もしも今回の原発事故を契機に、国民投票や選挙でこの国の流れを変えられるのなら、戦後民主主義とは素晴らしいものだったのです。それができなければ、そんなものはただのガラクタにすぎなかったのです」

柴田翔の言葉である。

日本学術会議の「言語・文学分野の参照基準検討分科会」は、そういう場所であった。みんなギャラなんてほとんどもらってはいない。僕も学生のバイト代程度だった。

ご存知のように、いま、その学術会議が危機にさらされている。ホラー小説を超える恐怖がこの国を覆い尽くしそうだ。世論の力で恐怖を跳ね返し、学術会議を守らなければならないのだと僕は思う。

戦後民主主義とは素晴らしいものだったのだと後の世代の人々に伝えるために、今が踏ん張り所である──ということで本題に入る。

 

【『ヘンゼルとグレーテル』の恐怖の構造】

今週は『ヘンゼルとグレーテル』の恐怖の構造を分析してみようと思うが、これはグリム童話に収録されている作品だ。柴田翔さんの領域であるドイツ文学である。

19世紀の初め頃、グリム兄弟が近所で薬局を営んでいたヴィルト家姉妹から採集した、ヘッセン州に伝わる民話の中の一篇だそうだ。

グリム兄弟自身、1812年に出版した『子供と家庭のメルヒェン集』初版に収録され第7版に至るまでに、さまざまな付け加えや書き換えをしているが、民話そのものにも多くのバージョンがある。

民話には実は悲しく残酷な話が多く、この作品も長く続いた飢饉で困った親が口減らしのために子供を捨てる話である。

14世紀の中世ヨーロッパの大飢饉の記憶を伝える話だという見方もある。

パート別に順番にストーリーを見て行こう。

 

A

森のそばに、貧しい木こりの夫婦が住んでいた。ヘンゼルとグレーテルの兄妹はこの夫婦の子供である。その日のパンに事欠くほど貧しかった一家は、やがてまったくパンが手に入らなくなり、お母さんがお父さんに子供達を森の中に捨ててしまおうと提案する───続きはオンラインサロンでご覧ください)

 

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