特別公開:小説の結末をどう書くか── 淵黙雷聲、維摩の一黙、雷の如し 山川健一

小説の結末は「淵黙雷聲」を守ることが重要だ。そして、主人公の想いを具体的な物の描写で表現する──

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「私」物語化計画 2020年11月20日

特別公開:小説の結末をどう書くか── 淵黙雷聲、維摩の一黙、雷の如し 山川健一

今回は急遽、小説の結末部分について書く。会員の皆さんの原稿が何本も上がってきていて、そのうち何人かは新人賞に応募した。あるいは来年3月の締め切りの新人賞を目指している。

いずれもいい小説で、読むのが楽しかった。皆さんの書く原稿の枚数が多くなり、クオリティが上がっていくのを読み、僕は励まされる。

もちろん扱う世界も枚数もストーリーもバラバラだが、共通した弱点がある。そいつを克服できればもっといい作品になる。というわけで、弱点克服のためのアドバイスを書く。

他は上手に書けているのに、二つ、うまく行っていないところがある。それが結末部分と表題だ。つまり、最後と最初が上手く書けていない。

今回はまず結末部分の書き方をコーチします。

 

【結末部分の問題点】

小説の最後がきちんと書けていないケースは、二通りある。

 

1. 論理的に破綻しており、作者がこの作品で何を描きたいのかがよくわからない。

 

先週までの講義で、小説には力学的な転換が必要である事は理解していただけただろうと思う。ホラー小説における恐怖の型の転換は、普通の小説にも応用出来る。

小説はエモーションの発露であるが、同時に論理的な構築物でもある。結末部分で「えーっ、マジかよ。ショックだな」と読者に思わせるには、構造的な仕掛けが必要で、それには自分がそこまで書いて来た作品の構造を作者自身がよく理解している必要がある。

もちろん、書き出す前に、プロットの段階で構造を決定出来ることもあるが、多くの場合はギリギリまで決定出来ない。

そういう場合には、最初の一行目から結末直前のテキストを何度でも読み返してみる必要がある。

僕は毎週この原稿を書いているわけだが、多くの場合、それまでに書いた連載原稿を読み返してみる。今週書かなければいけないコンテンツは、先週までの原稿の中に隠れている。それを見つけ出してテーマを決める。

小説の結末部分も同じである。

論理的にそれ以外にないというシーン、これ以外にないという一行に向けて小説は走り続けていくのである。

もちろん、すべての小説の結末に力学的な転換がなければならないわけではない。三分のニまで読んで結末が見えてしまう小説もあるが、その場合には「否応なく結末の悲劇に突っ込んでいく主人公」の悲しみと切なさが精緻な描写によって表現されていなければならない。

皆さんの描写のレベルは上がって来ている。レトリックにも、これはお世辞ではなく、時々目を見張るものがある。ただ、それはまだ小説の中盤までである。「否応なく結末の悲劇に突っ込んでいく主人公」を描き切る筆力を身につけて欲しい。

ただそれには時間がかかるので、今のところは力学的な転換を導入する方が早いだろうと思う。

 

2. 作者が書きたいことを、描写ではなく説明してしまっている。

 

説明ではなく描写で──ということは、皆さんにはもう痛いほどわかっているはずだ。しかし、そこが小説の難しいところで、実際に書いてみると説明になってしまっている。

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