特別公開:鬼に堕ちてしまうような痛みがなければ『鬼滅の刃』は成立しない──ワールドモデルとキャラクター・メイキング 山川健一
虫歯が痛む時、多くの人は思想的な課題や恋愛の問題や、やらなければならない仕事のことなど忘れてしまう。僕らは歯の「痛み」という点になる。
今は先週書いたような「痛み」を僕らは共有しており、だから文学が遠いと感じられる。
社会の全体で虫歯の痛みを堪えているようなものだ。やはり、「私」なんてものは前提的には存在しないのだろう。何かとの関係があるだけなのである。虫歯の痛みだけで「私」は吹っ飛んでしまう。
それを思い知ることから、新しい小説は構想されなければならない──と改めて思う。
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「私」物語化計画 2020年3月27日
特別公開:鬼に堕ちてしまうような痛みがなければ『鬼滅の刃』は成立しない──ワールドモデルとキャラクター・メイキング 山川健一
虫歯が痛む時、多くの人は思想的な課題や恋愛の問題や、やらなければならない仕事のことなど忘れてしまう。僕らは歯の「痛み」という点になる。
今は先週書いたような「痛み」を僕らは共有しており、だから文学が遠いと感じられる。
社会の全体で虫歯の痛みを堪えているようなものだ。やはり、「私」なんてものは前提的には存在しないのだろう。何かとの関係があるだけなのである。虫歯の痛みだけで「私」は吹っ飛んでしまう。
それを思い知ることから、新しい小説は構想されなければならない──と改めて思う。
「クライムノベルは何を達成できるか?」の回で物語の構造を形成する5つの要素をあげたのだが、覚えていますか?
1. ストーリー(プロット、エピソード)
2. キャラクター
3. シーン
4. ワールドモデル
5. ナレーター(全知的・遍在的)
小説を書くにはいろいろな手順があるが、もっとも一般的な手順はこうだろう。
ワールドモデルの設定(時代設定や作品のカテゴリー選択)
↓
キャラクター・メイキング(登場人物の特徴や性格の決定)
↓
プロットの構築(話の筋書きや因果関係)
今回は、「ワールドモデル」と「キャラクター・メイキング」は不可分な関係があり、そのどちらもが「虫歯の痛み」のようなものを内包しているのだということを書こうと思う。
物語の原型を創作現場で実際に作るためには、つまり批評や学問として物語を扱うのではなく実作する場合には、ワールドモデルとキャラクターを同時進行的に創らなければならない。
つまり作家は物語論とは別の位相──などと書くと分かりにくいか。物語論とは別の動機を持っているので、「ワールドモデル」と「キャラクター・メイキング」はほぼ同じものなのだ。作家はこれを同時に考える。
ワールドモデルは受け皿で、キャラクターはその中で動く人物だ。どんな受け皿の中でどんなキャラが動いていくのかを考える。その思考というか戦略が、物語を支えるプロットとして発現する。
それを一つの物語にするのがナレーターの存在だ。ちなみにナレーターと作者はイコールではない。
最終的にナレーターが読者に物語を提示し、この物語の全体が作者の隠された意図を伝える。
そういう構造になっている。
〈人間が生きていくことは悲しい。〉
〈社会は不正義に満ちている。〉
〈同じ人間なのにこの世界には恵まれた人とそうでない人がいる。〉
これらは作者の隠された意図であり、しかしそれを読者が深く納得出来るように伝えるには「人間が生きていくことは悲しい」と直接的に書いてはダメなのだ。僕がよく「いちばん大切なことを書いてはいけません」と言うのはそういう意味だ。淵黙雷聲、維摩の一黙、雷の如し──である。
物語において作者の隠された意図はとても重要だ。
完成した物語は作者である自分の意図と整合性のとれた原型を構成しているか。自分の意図をもっとも効果的に伝えられる構造になっているかどうか──を検証しなければならない。
小説にしても漫画にしても映画にしても、いくら斬新な世界観とストーリーを持っていたとしても、作者がどのような意図を隠しているのかが読み取れないものはただのお話に過ぎないのだ。
そして、「作者の隠された意図」は論理的に説明出来る上辺のものではなく「虫歯の痛み」のような本質的なものでなければならない、と僕は思っている。
以上の話を分かりやすく伝えるために、『鬼滅の刃』という漫画の例を挙げる。この漫画…続きはオンラインサロンでご覧ください)