特別公開:英雄神話は自分探しの旅のプロセスに対応している──『千の顔を持つ英雄』をテキストに2
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『キャンベルの『千の顔を持つ英雄』は、誤解されがちだがストーリー作りのための参考書ではない。こいつは神話学を巡る本で、「千の顔」と豪語するだけあり、数多くの神話が紹介されている。ゲーム「FGO(Fate/Grand Order)」のユーザーなどにはたまらない内容なのではないだろうか?』
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「私」物語化計画 2019年8月30日
特別公開:英雄神話は自分探しの旅のプロセスに対応している──『千の顔を持つ英雄』をテキストに2 山川健一
先週はジョーゼフ・キャンベルのナラトロジーの特徴を見ていった。
ざっくり言うとその特徴は2つある。
・心理学を用いて物語(神話)を分析した。
・英雄の存在に着目して、神話に共通する構造を見出した。
こうしたキャンベルの特徴を前提に、『千の顔を持つ英雄』の「第一章 出立」の概要を解説したのが先週だった。
今週はその続きで「第二章 イニシエーション」を見ていくが、その前に一言。
キャンベルの『千の顔を持つ英雄』は、誤解されがちだがストーリー作りのための参考書ではない。こいつは神話学を巡る本で、「千の顔」と豪語するだけあり、数多くの神話が紹介されている。ゲーム「FGO(Fate/Grand Order)」のユーザーなどにはたまらない内容なのではないだろうか?
ただし、キャンベルが世界各地の神話を比較、検討した結果、神話には普遍的な「原型」があることがわかった──と、論理というか物語論としてはそれくらい大雑把なのである。
前に扱ったウラジミール・プロップのように「物語には前提として欠如あるいは禁止が必要だ」などというところまで突っ込んではいない。
しかし、いちばん大切なのは、神話と現代に橋を架けていることだ。
多くの神話が持つ「原型」は、実は現代を生きる僕らが見る夢の内容にも共通して見られるものであるとし、その根拠にフロイトやユングの精神分析の成果を紹介していく。
そしてキャンベルは、世界に散在する多くの神話は、人類が共通に持っている心理構造に基づいて繰り返し語られてきたただ一つのストーリーなのであり、つまり英雄とは今を生きるあなた自身のことなのだという結論に向けてその壮大な仮説を推し進めていく。
英雄神話は自分探しの旅のプロセスに対応している、ということだ。
そんなわけで、物語の構造を明確に解き明かしたり、自分探しの旅の地図にしようとする場合には、「千の顔」の一つを持っている現代の「英雄」として、有効なロジックを自分自身でつかみとって来なければならないわけだ。
今回も、僕がナビゲーターとして各項目からロジックを取り出すべく頑張るが、上手くいきますように!
そんなわけで今週も僕の感想、解説を〈 〉で囲っておきます。
神話の世界があなた自身の自分探しの旅の役に立つことを目的に、それではスタートしよう。
第二章 イニシエーション
1 試練の道
〈イニシエーションとは通過儀礼のことで、少年や少女が大人になるための儀礼と言う意味だ。物語は人間が成長していく過程を描くもので、成長には試練がつきものだということだ。
この試練の特徴は、主人公の夢の世界における旅が描かれているということだ。
夢だから輪郭が曖昧模糊としている。
深い森や湖、切り立った山河や荒れる海──といった世界で英雄は試練を克服していく。ファンタジー小説やロールプレイングゲームが得意とする世界である。
主人公が歩むこの試練の道は、彼ないし彼女の潜在意識の世界にある──ということをキャンベルは「発見」したのである。
境界を超越し夢のような世界に潜入した英雄は、賜物(たまもの/天や神からいただいたもの)を携えてこの世に還ってくる。
神話はどれもそういう構造を持っている。
英雄を待ち受ける試練は、もちろんその神話が語られる時代や地域によって異なる。しかし、実は内面的な試練が待ち構えていて、その世界のガーディアン、すなわち守護者との戦いに勝たなければならないという構造は同じである。
メドゥーサの首級を持って逃げるペルセウス、妻であり妹でもあるイザナミをたずねるため冥界に降りるイザナギもそういう試練を乗り越える。
太陽神の館をもとめて旅立つナヴァホ族の双生児、黄金の羊毛を手に入れるためにシュンプレガデスの二枚岩をかいくぐって大海に出るイアソンにしてもそうだ。
もちろん個々の英雄は別の存在であり、その冒険の具体的な内容も違う。だがよく見ると、その本質は驚くほど似通っている。
つまり個々の英雄は「千の顔」のうちの一つを持っているのだが、人類が語り継いで来た英雄はたった一人だということだ。
とにもかくにも、英雄は第三者の助力を得て試練(イニシエーション)を突破して行く〉
2 女神との遭遇
〈英雄はいわば偶然に、女神と出会う。マグナ・マーテルあるいはグレート・マザーである。
マグナ・マーテルというのはローマ神話の女神で、「神々の大いなる母」だ。大地の神、豊穰の神、出産の神であり、聖母マリア信仰はキリスト教に大地母神信仰が取り入れられたものだという説もある。
グレート・マザーは母なるものを表すユング心理学の元型の一つであり、男性の内面に潜んでいる女性の象徴のことだ。神話には女神や魔女などの姿で現れ、育て養う側面と抱え込み吞み込む側面とをもつ。
ユングについて述べていくと紙数が足りなくなってしまうので、今回は割愛。必要な時にきちんと紹介します。
英雄は女神の力に包まれ、場合によっては聖婚(ヒエロス・ガモス)する。ヒエロス・ガモスとはもともと創世神話において天の神と地母神が交わり、世界が生まれることを指す。
英雄は女神に抱擁され、永遠の幼児として至福の感覚を得る。そして、試練の旅で疲弊した心と体を回復するのだ。
「男って勝手だよね」と言う女性陣の批判の声が聞こえてきそうだが、古代から男性は精神的に未完成であると考えられていたわけです。
だからこそ、聖なる女性とのセックスによって初めて完全な存在になる──と信じられていた。
女性との肉体的な結合は、男性が精神的に成熟し、ついには霊知(グノーシス)、つまり神の知恵を得るための唯一の手段だったのである。
ナイルの女王とも呼ばれた豊穣と愛の女神・イシスの時代から、性の儀式は男性を地上から天国に導くただひとつの架け橋だと考えられてきた。
簡単に言ってしまえば、女性と交わることで、男性は絶頂の瞬間を迎え、頭が空白になったその刹那に神を見ることが出来るのである〉
3 誘惑する女
〈女神との遭遇、ヒエロス・ガモスには母胎回帰という側面もあり、それぞれの神話=物語の中で最も美しく幸福なシーンである。
最近ではこういうシーンを「死亡フラグが立ってる!」と言ったりする。ぴこ蔵さんによる「どんでん返し」の伏線みたいな箇所だ。
なぜかと言うと、回復したからといっても英雄はそこに安住するわけにはいかないのだ。ずっとそこにいては、成長できないからだ。
女神による回復を得た英雄は、したがって、再び冒険の旅に出て、しばしば誘惑者と出会う。この誘惑者は、ヒエロス・ガモスする女神=母なる存在とは別の女性です。
誘惑者はいわば悪女で、非常に魅力的な女である。マグダラのマリアとか静御前とか吉野太夫のような娼婦や白拍子、つまり遊女的な存在である場合が多い。
心理学の成果に則って言うならば、息子が恋人を作って家を出て行くことは往々にして「誘惑する女」が登場したからで、でもそれは人間の成長にとって必要なことなのだ。
脱線します。
僕の好きなストーンズのナンバーに”Let It Loose”というミディアムテンポの曲がある。1972年に発表された『メイン・ストリートのならず者』(Exile on Main St.)に入っていた。
僕にとってはという意味だが、キャンベルの「誘惑する女」をこれ以上的確に表現した作品を知らない。
こんな歌詞です。
Let It Loose(Jagger/Richards)
Who’s that woman on your arm
all dressed up to do you harm?
And I’m hip to what she’ll do,
give her just about a month or two.
Bit off more than I can chew
and I knew what it was leading to,
One of them, one of them the bedroom blues.
She delivers right on time, I can’t resist a corny line,
But take the shine right off you shoes,
Carryin’, carryin’ the bedroom blues.
Let It Loose(訳詞/山川健一)
お前の腕にぶら下がっている女は誰だい?
ばっちりドレスアップして、お前を狙ってるんだよ
だけど彼女がどうするか、俺にはお見通しさ
2カ月もしないうちにお前もきっと気づくはずだ
手に負えない相手に近づくとどうなるか
初めからわかっていたはずだぜ
それでも、拒めないものもある
そのひとつがベッドルーム・ブルースだ
彼女はジャストなタイミングでそいつをくれた
俺好みの感傷的なフレーズには抗えっこないのさ
きれいに磨いた靴を台無しにして
彼女がベッドルーム・ブルースを運んでくる…
ほら、抗えないでしょ?
しかし……(特別公開はここまで、続きはオンラインサロンでご覧ください)