特別公開:工学的構築物としての小説5 シーンのストーリー化「自分探しの旅編」 山川健一
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『これから書く長い小説の主人公について考えるのは楽しく、しかし難しい。年齢や性別、趣味、何よりも主人公が世界というものにどんな風に関わっていくのかを考えなければならない。
そんな時、僕らは往々にして間違いを犯す。』
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「私」物語化計画 2019年5月24日
特別公開:工学的構築物としての小説5 シーンのストーリー化「自分探しの旅編」 山川健一
先週お知らせしたように、今週はロッド・スチュワートの初期作品 “Every Picture Tells a Story” を素材にします。聴いてくれたでしょうか? 自分探しの旅の話なので、今回はエッセイ風になることをお許しください。
Every Picture Tells A Story – Rod Stewart & Ron Wood – YouTube
ロッド・スチュワートのソロアルバム “Every Picture Tells a Story” がリリースされたのは1971年のことで、僕はそれから少ししてこの曲を聴いた。これはロッドの3枚目のソロアルバムで、4枚目のソロアルバムが1972年の “Never a Dull Moment” なのだが、僕はそちらを先に聴いてガツーンとやられ、前作も手に入れたのだった。
どちらのアルバムも、全英アルバムチャート1位を獲得した。
その頃の僕は、この曲の主人公のように劣等感の塊で、自分が何をすれば良いのか皆目見当もつかず、簡単に言ってしまえば悩んでいた。
勉強して、いい大学に入学して、一流の会社に就職し、結婚して子供を作り──というような従来の価値観に収まり切れない「私」の存在を強く感じていた。しかしその肝心の「私」というものがどういうものなのか、全くわからなかった。
さらに言うならば、当時の僕には夢が2つあった。
1つは小説を書くこと。もう1つはロックンロールバンドを結成して歌うことだった。しかしこの2つのどちらを選べばいいのかわからない。そんなことで悩んでいる友達など1人もいなかったから、誰に相談できるわけでもない。
ロッド・スチュワートの “Every Picture Tells a Story” は、そんな10代の少年に回答を与えてくれたのだ。
一つひとつの場面には物語があり、それをつないでいくと自分という人間ができあがるんだよ──それがロッドの歌を通してロックの神様がくれた啓示だった。
一つひとつの場面、つまり “Every Picture” がロックであり、”A Story” が小説だ。
なんだ、同じものじゃん!
少年はそう思ったのだった。
実は今もそう思っている。
その後、僕は本能的に “Every Picture” を集めるようになった。それを大切にした。学校の先生や両親や、必死の思いで恋を告白した当の女の子に叱られても、自分が主人公の映画を見ているようなもので、「こういう展開か。やってくれるもんだよな」などと呑気に考えられた。
“Every Picture” を大切にするというのは、具体的にはノートをつける事だ。何かあると、なるべく丁寧にそのことを記録した。読書ノートだったり、映画の感想文だったり、失恋の記録だったり、ごく稀にはポール・ヴァレリーの「カイエ」まがいだったり。
それは、やがて書くことになる小説の1シーンになった。
それ以上に、少しずつ自分という人間の輪郭がはっきりしてきた。
誰が大切な友達で、誰がそうでもないかということもわかってきた。誰かとの関係で「私」という存在が成立するのだということにも、うすうす気がつき始めた。
シーン、つまりロッドの言う “Every Picture” を重ねていくと “A Story” が生成される。
大切なのは “A Story” とは小説であり、同時に自分自身でもあるということだ。つまり「私」でもある。
人は表現することによって「私」を作っていく。表現しない人間が「私」と出会う事は難しい。
思えばロッド・スチュワートのこの曲は、僕が初めて出会った表現論であり、自分自身を形成する哲学でもあった。それは今も僕にとって、ドストエフスキーやニーチェやロラン・バルト以上に本質的で有効な表現論であり哲学であり続けているのかもしれない。
ロックから、僕は多くのものを学び続けてきた。
だが不思議なことに、そんなふうにロックを聴いているのは僕以外に、数人しかいない。だからこそ、それを伝道するのが「ロック作家」である僕の仕事なのだと思い、この原稿を書いている。 僕を今もインスパイアし続けてくれるこの曲……(特別公開はここまで、続きはオンラインサロンでご覧ください)