『ソフィーの世界』で学ぶ哲学とファンタジー 2 神話から自然主義哲学へ 山川健一
ギリシアで生まれた哲学を見ると、哲学というものがほとんど自然科学とイコールだったことがよくわかる──
—
次代のプロ作家を育てるオンラインサロン『「私」物語化計画』会員用Facebookグループ内の講義を、一部公開いたします。
ご興味をお持ちの方は、ぜひオンラインサロンへご参加ください。
→ 毎週配信、山川健一の講義一覧
→ 参加者募集中→ 参加申し込みフォーム
「私」物語化計画 2021年9月10日
特別公開:『ソフィーの世界』で学ぶ哲学とファンタジー 2 神話から自然主義哲学へ 山川健一
【マイティ・ソーとロキ】
多くの人達が若い頃は、ふと考えてみたことがあるだろう。世界とは何だろうか。夜空に広がるあの星々は、なぜ存在しているのだろうか。そして「私」とは誰なのだろうか?
世界は今、解決出来るかどうかわからない困難に立ち向かっている。コロナ禍の中で、親しい人達が亡くなっていく。悲しみの底で、僕らは考える。生命は死ぬとどこへ行くのだろうか。完全に消えてしまうのか?
そもそも、そんなふうに考えている自分は、なぜここに存在しているのだろうか?
それを考えるのが哲学だ。
さらに、小説をはじめとする物語も、ストーリーとしてそれを考えるものだ。物語のコアには、哲学がなければならないのである。
ソフィーの物語は、ある日学校から帰ったソフィーのもとに奇妙な手紙が届くところから始まる。
「あなたはだれ?」
「世界はどこから来た?」
問いの答えを探すべく、ソフィーは手紙の送り主である哲学者と手紙を通じて哲学の講義を受けることになるわけだが、哲学が生まれる前はさまざまな宗教が人間のあらゆる問いに答えていた。
宗教による説明は、神話の形で語り継がれた。
神話の登場人物は神々だが、実は人間が存在し生きている様を説明しようとしているのだ。数千年ものあいだ、世界のいたるところで、神話による解説が続いた。
いや、今だってエンターテインメントの形で、神話は描かれている。「マーベル・シネマティック・ユニバース」(Marvel Cinematic Universe、MCU)という映画のシリーズなどはその典型で、僕は全作品を観たが素晴らしい出来栄えである。
このシリーズはマーベル・スタジオが製作するスーパーヒーロー映画で、アイアンマンとかマイティ・ソーとかハルクとか、マーベル・コミックのキャラクターをベースにしてるのだが、これらのヒーローはもちろん神話をベースにしているわけだ。僕は全作品を観終わった後MCUロスになり、このシリーズに登場するロキが主人公のテレビドラマを見つけてそいつを順番に観ているのだが、期待を上回るクオリティである。
話がそれた。最初は神話が人間の根源的な問いに対応していた──という話だった。
しかしやがて、そういう説明に満足しているわけにはいかないぞと言い出した人達が登場する。ギリシアの哲学者達である。
まず神話があったのだ。
だから最初の哲学者たちの考え方を理解するためには、神話がどんなふうに世界をとらえていたのかをおさえておく必要がある。
例えば北欧の神話のトールは有名だ。
トールは北欧神話に登場する神であり、神々の敵である巨人と対決する戦神として活躍する。さらに雷神・農耕神として北欧を含むゲルマン地域で広く信仰された。
ちなみに、「マーベル・シネマティック・ユニバース」のマイティ・ソーは北欧神話のトール(Thor)をモデルにしている。ソーはトールの英語読みである。
キリスト教がノルウェイにやってくる前、彼らはトールが二頭の雄山羊に曳かせた車に乗って空を行くと信じていた。トールが鎚(つまりマイティ・ソーのハンマー)を振ると、稲妻と雷が起こる。
稲妻は恐ろしいが、そいつは雨を降らせる。農業にとって雨は不可欠で、トールは恐ろしいが不可欠な存在でもあった。
世界になぜ雨が降るのかという問いへの回答は、「トールが鎚を振ったからだ」である。雨が降ると畑には作物が芽吹き、成長しやがて収穫をもたらす。なぜ植物が芽吹き実りをもたらすのか、それは結局のところわからない。しかしどうやらトールのお陰なのだということは理解できた。
神話はさらに続く。
ロキ(Loki)は北欧神話に登場する悪戯好きの神で「閉ざす者」「終わらせる者」という意味を持っている。神々の敵であるヨトゥンの血を引いている。巨人の血を引きながらもオーディンの義兄弟となってアースガルズに住み、オーディンやトールと共に旅に出ることもあった──という設定を「マーベル・シネマティック・ユニバース」をそのまま生かしている。
ロキは変身術を得意とし、男神であるが時に女性にも変化する。美しい顔の神だが、邪悪な気質で気が変わりやすく狡猾さでは誰にも引けを取らず、よく嘘をつく。
あるとき、ロキはトールの妻のシヴが寝ているあいだに、彼女の美しい黄金の髪を剃り落としてしまう。夫のトールは激怒し、繁栄を象徴するシヴの髪が失われたことにほかの神々も激怒し、ことと次第によってはロキの命で償わせるか、といった意見も出た。
これにはさすがのロキも慌て、シヴの髪を元に戻し、さらに神々への献上品を捧げることを約束したのである。
いやぁ、ロキにせよトールにせよ映画の中でこれほど魅力的なキャラクターはいない──というわけで僕は今入れ込んでいるわけだ。
【ソクラテス以前の哲学、自然主義哲学】
しかしロキやトールの神話では満足できないぞという人々によって、ギリシアに哲学が誕生する──続きはオンラインサロンでご覧ください)