特別公開:自伝の書き方を教えます1 山川健一
書けるうちに、最低でも1冊は自伝を書こう。それは小説を書くための最初のステップだ──
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「私」物語化計画 2020年6月19日
特別公開:自伝の書き方を教えます1 山川健一
何人かの会員の方から「自伝を書きたいのですが相談に乗って欲しい」というメッセージをいただいた。まず初めに大切なのはキャラクターメイキングだ──という具合に、今週はリクエストにお答えして、ヤマケン流の自伝の書き方をコーチしたい。
自伝を書きたいという人は案外多い。
それはとても意味のあることだし、作家達は何10冊もの作品を使って「自伝」を書こうとしているのかもしれない。僕にしたってそうだ。しかしまだ満足な出来映えになったとは思えないので、次の作品を書くのだ。
僕らは今日、突然に死ぬかもしれない。
実は今日、親しい友人が突然死していたという話を聞き、愕然とした。確かまだ50代で、単身者だった。考古学を研究している友人である。東京大学埋蔵文化財調査室の原祐一さんだ。
原さんはロック仲間、飲み友達の1人で、反原発の勉強会を一緒にやっていた。東京大学構内朱舜水記念碑の調査、小石川後楽園「向岡記」の調査などを行なっていた。
人生とはかくも儚いものかと思う。
原祐一が自伝を書き残してくれていたらなぁと、僕は嘆息したのであった。
気を取り直して本題に戻る。
これまでに積み上げてきた仕事とは別に、自分が生きてきた証をアスファルトの上の引っかき傷のようなものでいいから、誰かに伝えたい。それが人間にとっての本来的な希望なのではないだろうか。
誰かとは、家族であり友人であり仕事仲間である。つまり日常会話は山ほど交わしている親しい相手だ。時折思い出したようにビールを飲む相手でもいい。
あるいは、会った事は無いけれどもSNSの向こう側にいる大切な人達だ。
今まで生きてきた道筋や感動した事柄をダラダラと喋るわけにはいかないので、それを自伝として完成させて読んでもらう。これはとても良いアイディアだし、価値のある仕事だ。
書けるうちに、最低でも1冊は自伝を書こう。
それは小説を書くための最初のステップだ。なぜかと言うと、どんな小説にも「私」の刻印がなければならないからだ。
出来上がったらデザインして、簡易製本で構わないから本を作ろう。本を大切な人たちに配り、あなたのことを知ってもらおう。
アマゾンドットコムにアップロードして販売しよう。
小説の新人賞に応募しても良い。
それはあなたにとって本質的な事業になるだろう。
もう何十年も前のことになるが、バンド仲間に言われたことがある。
「毎回めんどくさいストーリーを考えずに、ケンさん自身がやって来たことをそのまんま書けばいいのに。それがいちばん面白いと思うなぁ」
「いやいやいや、そんなことをしたら恥ずかしくて街を歩けなくなるだろう」
「だから面白いんじゃん!」
今思えばあの時彼は「自伝を書け」と言いたかったのかもしれない。
前書きが長くなりすぎるといけないので、スタートしよう。
【キャラクターメイキングする】
この作品の主人公は決まっている。自伝なのだからあなた自身だ。人称も決まっている。一人称だ。誰かの伝記を書くなら三人称が適当だろうが、これは自伝なので一人称だ。
一人称で自分のことを書くのにキャラクターメイキング? そうそう、これが最も大事なのだ。
たとえばあなたが失踪したとして、残された僕があなたのことを10人の人に聞くとする。すると10通りの人間の像が浮かび上がるだろう。人間とは重層的な存在であり、多面的な顔を持っており、一筋縄ではいかない。それは誰もが「関係の絶対性」の上に成立しているからだ。あらかじめ決まっている固有の「私」なんてものは存在しないのだ。
谷崎潤一郎の『猫と庄造と二人のをんな』だったか、別の短編小説だったかよく覚えていないのだが、女房のほうは主人公の旦那が一人前に見えるように白髪がいいと思っているのだが、若い愛人はこの白髪が気になり、会うたびに膝枕されて白髪を抜かれてしまうというエピソードがあった。
白髪が減った旦那の髪を見て、こんなに若作りしなくてもいいのにと女房が怒るわけだ。
谷崎ならではの書きっぷりだが、白髪だけでもこんな風に受け取り方が異なるわけだ。
あなたは自伝をユーモラスに書くこともできるし、悲劇的な作品にすることもできるし、甘く切ないラブストーリーにすることもできる。
ある人は闘病記録や研究成果として仕上げたいと願うかもしれない。
もちろんウィタ・セクスアリスでもいい。『ヰタ・セクスアリス』は森鴎外の小説で、題名はラテン語で性欲的生活を意味する。
自伝が400字詰め原稿用紙で300枚になるとして、そのすべてのページでキャラがブレてはいけない。普通の小説以上に「私」というキャラを明確に設定する必要がある。
だから書き始める前に取材すべきである。自伝なのに取材? そうです。自伝だからこそ大切な人達に取材するのである。
「自伝を書こうと思ってんだけど、僕ってどういう人間に見えてる?」
相手はぎょっとして、あなたの額に手のひらを当てるかもしれない。しかしここでひるんではいけない。誠意を持って自分の希望を伝え、本音を聞き出そう。たとえばもう10年以上前にあなたが言ったことを、彼あるいは彼女は覚えているかもしれない。
「えーっ、僕がそんなこと言ったの? マジで? だいたい、そんな映画を観たことも忘れてたよ」
あなた自身さえ忘れていることを、相手は覚えている。そういうことは多い。誰かと喧嘩別れしたり死別したりすると、彼あるいは彼女の記憶の中のあなたは消えてしまう。だから大切な人と、軽はずみに別れてしまうべきではないのだ。
取材は1人ではなく、複数の人に行うこと。あなたが書こうとしている物語に登場しそうな人物で、会ったり電話したりメールのやりとりをしたりすることが可能な相手には、取材することが大事だ。
取材するという事は──続きはオンラインサロンでご覧ください)