特別公開:目の前のパンデミックと皆さんが今書いている小説 山川健一
今週は、具体的で現実的なことを書く。『「私」物語化計画』の会員の皆さんへのアドバイスである。新型コロナ肺炎の蔓延──つまりパンデミックと、皆さんが今現在書いている小説との関係についてである。
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「私」物語化計画 2020年4月17日
特別公開:目の前のパンデミックと皆さんが今書いている小説 山川健一
今週は、具体的で現実的なことを書く。『「私」物語化計画』の会員の皆さんへのアドバイスである。新型コロナ肺炎の蔓延──つまりパンデミックと、皆さんが今現在書いている小説との関係についてである。
東京に緊急事態宣言が出された頃から、会員の皆さんから個別にメールをいただくことが多くなった。誉田龍一さんを失った悲しみについて書いてくる方もいれば、シンプルに「生きることが苦しい」と書いている人もいる。かつて教えていた大学の卒業生などからも、メールが届く。
このオンラインサロンでは、毎週の講義についての感想はコメント欄に書いていただくことになっているが、半ばオフィシャルなそういう欄には書きづらいという気持ちが働くのだろう。
このサロンには基礎コースと実践コースとあるわけだが、基礎コースの中にも作家志望の方は多い。そして何人かの方が同じ質問をされている。
〈コロナパンデミックは世界を変えるだろう。そんな今、自分が書いている原稿は書き直したほうがいいでしょうか?〉
これはケースバイケースだが、そう言ってしまっては身もふたもないので、僕の個人的な意見を書いておく。
先週の原稿に書いたように、今のこの状況は最低1年は続き、強い影響は2年にわたるだろう。科学者たちもそう言っている。
4月15日の【AFP】の記事を引用します。
新型コロナウイルスの流行は一度きりのロックダウン(都市封鎖)では終わらず、医療崩壊を防ぐにはソーシャル・ディスタンシング(対人距離の確保)期間が2022年まで断続的に必要になるとの予測を14日、米ハーバード大学(Harvard University)の科学者らが発表した。
あと2年かかると、日本の政府よりはるかに信頼に値する科学者がそう言っているわけだ。
東大病院の循環器放射線科の医師である前田恵理子さんも、「人口の7-8割が感染し集団免疫を獲得する」には50年かかり非現実的であり、収束に必要な条件は「ワクチンができて集団接種が進む」ことしかないとFacebookにお書きになっている。
それでも、3-4年後に、量産化が完成すれば御の字だということだ。
ワクチンを手作業で医師達が打ち、10年かけてコロナを封じ込めようとしても地域ごとの感染は発生してしまい、世界の有様は一変するだろうと前田さんは指摘している。
1年後の世界、さらに10年後の世界は、今とは全く違うものになっているのだ。どうなっているか予測するのは、たかが小説家に過ぎない僕には難しいが、人が集まることが難しくなっていくだろうとは思う。
集団で授業を受ける今の学校のシステムがこのまま維持されるとは考えにくい。スタジアムでのコンサートも無理かもしれない。いずれにせよ、価値観の根本的な変動があるのは確かだろうと思う。
1つの「価値」を創造するのが小説であるとするならば、文学の世界も大きく変わらざる得ない。
会員のみなさんの「変化した世界に対応できるように原稿を書き直すべきではないだろうか」という本能的な感想は正しいと思う。
ところでこの問題は、プロの作家とこれからデビューしようとしている人たちとでは事情が異なる。小説家というのは国家試験があるわけではなく、オフィシャルな資格でもない。「私は小説家として生きる。作品を書き続ける」と決意している人が作家なのだ。
宮沢賢治は生前、小説による収入はほぼなかったが、超一流の童話作家だった。それが基本なのだが、すでに小説を公刊している人と、まだこれからの人とでは現実的な事情が違う。
たとえば僕は130冊ぐらい本を出したと思うが、この講義テキストの連載で述べた「書き出しの現象学」の考え方に従えば、ある小説の最後の1行がそれまでのすべての言語によって決定されるように、次に書く本はその130冊の本に拘束されるというか、規定されてしまうのだ。『「私」物語化計画』にはプロの作家の方々が何人もいらっしゃるが、事情はまったく同じである。
今まで書いてきたものを全くの更地にして、新しい「価値観」をベースにした小説を書くのは並大抵のことではない。したがって僕らはこれまでの仕事をコツコツと丁寧にしていく中で、今の危機感を緩やかに受け止めるしかないと思う。
これからデビューされる方々は、そのデビュー作が1行目を書くことと同じなので、事情が全く異なるのだ。今の危機感を前提にし、どんなに歪であろうと新しい「価値」の創造を目指すべきである。
そういう作品でなければ読者は納得しないだろうし、また単行本を出すのは難しいだろうと思う。
話は変わるが『週刊少年ジャンプ』の編集部に新型コロナウィルスの感染者が確認され、発売が1週間延期された。小学館にも感染者が出て、多くの編集者が在宅勤務を強いられている。こうしたケースは、他の企業と同じように、出版社をさらに巻き込んでいくだろう。
喫茶店でコーヒーを飲みながら、あるいは酒場で編集者と作家が向かい合い侃々諤々の議論をする──というのは既に過去のカルチャーになった。
編集者と作家が議論を戦わせないで、あるいは作家同士が深く話し合う場がなくなっても、小説というものが生まれるのかという問題は残る。だが現実問題として、僕も可能な限り仕事部屋から出ずに、『「私」物語化計画』の会員の方との面談も延期にしている。
早稲田大学がやっているエクステンションセンター、つまり社会人講座で、僕も毎年講座を持って来た。今年もこの秋に10回のロック講座を頼まれていたのだが、事務局と相談しお休みすることにした。
児童文学の世界には『季節風』という同人がある。僕も会員にさせてもらっているが、越水利江子さんや宮下恵茉さん、楠章子さんなどの先輩作家が年に一度の大掛かりな会合で後輩を指導し、時にはデビューまで面倒を見る。そういう奇跡のような伝統がある。これが続くことを僕は願っているが、これまでのようにはいかないのかもしれない。
もちろん僕自身も、新人を出版社に紹介しデビューを後押ししたことが何度かあった。その中の何人かは僕よりもはるかに有名な売れっ子作家になった。だがこれも、人と人が会って話をする中からしか生まれない出来事である。
率直に書くが、「出版力」とでもいうものは弱っていくだろう。スローダウンしていかざるを得ない。既に原稿が出来上がっていればリモートワークが可能だが、そこに至るまでが本当はいちばん大変なのだ。
これからデビューを目指すには、自分の書く小説のカテゴリーになるべく近い新人賞に応募するのが最短コースである。
各社とも新人賞を中止にすることはないだろうし、感染の危険があるのは選考会ぐらいである。
では、カテゴリーごとの戦略を考えてみる──続きはオンラインサロンでご覧ください)