自叙伝を書こう 01 小野昌朗『レーシングカーデザイナーの回想録』に学ぶ 山川健一
──我々が物語化計画で長らく学んできた物語論(ナトロジー)が有効だということだ。皆さんが小説を書くために習得してきたナトロジーのロジックは、自伝や短いエッセイを書くときにも有効なのである──
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2026年1月16日
特別公開:自叙伝を書こう 01 小野昌朗『レーシングカーデザイナーの回想録』に学ぶ 山川健一
【フィクションとノンフィクション】
ノンフィクションの書き方について書く。
結論から言うと、ノンフィクションもフィクションも方法は同じである。実用書の類は除外するとして、事実を書き連ねていくノンフィクションと、嘘を書き連ねていくフィクションも、実は同じものなのだ。
挑戦的なことを言うようだが「ノンフィクション」というものは、存在しない。
悪口を言っているわけではなく、原理的に存在しようがないのである。
僕は同窓会などで同年代の友達に会うと「早く自伝を書いておけ」と言っている。
とても親しかった高校時代の友人が、長年の銀行勤めを終え、軽井沢に別荘を買って「庭の草むしりをしている時がいちばん落ち着く」などと言っていた。そんな彼は、密かに自叙伝を書いていて、時折僕にいろいろな相談をしていた。
彼はやがて病に倒れ、会話を交わすことも難しくなり、やがて亡くなった。書きかけの自叙伝は、おそらく家族や我々友人に読ませたかったのだろうが、未完に終わってしまった。
それでも冒頭部分はかなり推敲したようで、周囲の自然を描写する名文である。その冒頭部分を、奥さんが小冊子にまとめ、告別式の際配布したのであった。
彼が遺した文章はノンフィクションだろうか。もちろんこれは小説ではなく、淡々と日々の事柄や、これまでの出来事を綴ったものであり、自叙伝と呼ぶのがふさわしい。つまりノンフィクションだ。
──(略)──
自叙伝もエッセイも同じである。冒頭に欠落がなければならない。しかし、小説と違って、ここがいささか難しい。長く続いてきた人生を振り返り、これこそが「欠落」であると明示するのはいささか困難ではないだろうか?
平凡な人生の起点にどんな欠落があったのか?
無理矢理「俺は嵐の中で生まれた」などと書いても、スベるばかりである。
【レーシングカーデザイナーの回想録】
物語化計画ブックスとして刊行した僕の旧い友人である小野昌朗さんの『レーシングカーデザイナーの回想録 第1巻 独立系日本チームによるル・マン24時間、F1挑戦』(物語化計画ブックス)は、ノンフィクションである。同時に魅力のある物語でもある。
これは矛盾しない。
なぜだろうか?──続きはオンラインサロンでご覧ください)
小野昌朗
『レーシングカーデザイナーの回想録
第1巻 独立系日本チームによるル・マン24時間、F1挑戦』
(物語化計画ブックス)
山川健一
『物語を作る魔法のルール
「私」を物語化して小説を書く方法』
(物語化計画ブックス)Kindle版
山川健一/今井昭彦/葦沢かもめ
『AIとの対話で物語のアイデアが広がる
小説を書く人のAI活用術』(インプレス)
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インプレス https://book.impress.co.jp/books/1124101059

