UH君は少なくとも5年間はピカレスクロマンにフォーカスすべきである(カウンセリング) 山川健一
〈色々なジャンルに手を出してはいけない〉 これは、実はとても重要なことなのだ──
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「私」物語化計画 2022年9月16日
特別公開:UH君は少なくとも5年間はピカレスクロマンにフォーカスすべきである(カウンセリング) 山川健一
【次から次へとタイプの違う作品を書いてはいけない】
先週に引き続き、今週もカウンセリングを行います。実践コースに在籍しているUHさんが対象なので、会員の皆さんはまず推薦作に掲載したUHさんの作品を読んでください。
今回もご本人から希望があったわけではなく、僕が勝手にアドバイスする。
Hさんへのアドバイスは、タイトル通り「少なくとも5年間はピカレスクロマンにフォーカスすべきである」ということに尽きる。
長編を書いてはいけないとか、そもそもしばらくは小説を書かずに読書しろとか、皆さんに様々な「禁止令」を出してきたわけだが、UHさんへのアドバイスは「ピカレスクに集中せよ」ということだ。
枚数やシーンの数を制限するのは、クオリティを上げるための一定の効果がある。それと同じで、カテゴリーを絞るのも一つの有効な方法なのである。いろいろなタイプの作品を書けるからといって、次から次へとタイプの違う作品を書くのは得策ではない。
青春小説、恋愛小説、ポルノグラフィ、ハードボイルド、エンターテインメント──これらを書く順番を考えるべきなのだ。
〈色々なジャンルに手を出してはいけない〉
これは、実はとても重要なことなのだ。
1つのジャンルを意識的に書くことで、世界は深くなっていく。手捌きが鮮やかになる。職人芸が磨かれるということだ。
読者の側も、作家の軌跡を追いやすくなるというメリットがある、
あるいは、小説が書けて、エッセイが書けて、批評が書けるからといって、それらのカードの全てを同時期に晒すのは得策ではない。僕の場合も、長い時間をかけて、小説、エッセイ、批評という順番でカードを切ってきたのである。ただし、ロック批評はその限りではなかった。当時、雑誌に溢れるロックに関する文章はひどいものばかりで、ここは俺がちゃんと書かないとまずいよなと思ったのだ。
ピカレスクロマンというのは悪漢小説と訳されているが、ま、不良少年の文学だ。
社会の下層に位置する主人公が、自分の遍歴や冒険を一人称で物語る小説の形式である。ピカレスクとは、「悪党」「ごろつき」の意のスペイン語ピカロ(picaro)による。
スペインのマテオ・アレマンの『ピカロ―グスマン・デ・アルファラーチェの生涯―』という作品の「ピカロ」からきている。
悪者と訳されるが、単なる悪い人ではなく、この小説の主人公グスマンもユーモアあふれる人物である。
ストレートな口語の語りと、皮肉な口調。
そこにユーモアを加える。
上流階級の生まれではない主人公が、冒険譚のような非日常的な世界を旅するのではなく、相も変わらず平凡な日常生活を送る様を描くのである。生きるための闘いを繰り広げ、世の中は繁栄しているのに社会的矛盾で苦しめられる人達を書く──
──(中略)──
──この枠組みの中で、UHは少なくとも5年間は作品を書き続けるべきである。もうこれで不良少年の世界については書くことがない、俺は大人になった──と思えるまで書くこと。
なぜかと言うと、そんな小説を書く感受性をせっかく今持っているのだから。そいつは、やがて失われるものなのである──続きはオンラインサロンでご覧ください)