キャラクターメイキングの技術を磨く 4 物語冒頭の「欠落」には二種類ある──向田邦子をテキストに 山川健一
小説は主人公の「欠落」「欠如」から書き起こされ、そいつを回復するために旅に出る──それがストーリーになる
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「私」物語化計画 2022年1月28日
特別公開:キャラクターメイキングの技術を磨く 4 物語冒頭の「欠落」には二種類ある──向田邦子をテキストに 山川健一
【世界の存続、もしくはキャラクターに関する欠如】
物語の冒頭には「欠落」「欠如」がなければならない。主人公はその欠けたものを埋めるために、物語の地平を駆け抜けてゆくのである。
小説ならば、冒頭の3行から5行の間でこの欠落が示されなければならない。
そしては「欠落」「欠如」には、二種類ある。
■物語の前提になる欠落■
- 世界の存続に関わる欠落
- 登場人物に関わる欠落
夏に日照が続いたので、秋に収穫することができなかった。村は深刻な食糧不足に襲われることになった──これが「1」である。
朝起きたら恋人が姿を消していた、会社を解雇された、オミクロンに感染した、生きる気力を失った──これが「2」である。
僕が最近愛好しているマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)の映画などは、ほぼ「1」である。大雑把過ぎるかもしれないが、血脇肉躍るエンターテインメント小説の長編を書く場合などは、「1」でいった方が良い。中短編や純文学系は「2」のケースがほとんどである。
ちなみに、マーベル・シネマティック・ユニバースの映画の最新作は『スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム』なのだが、これは「1」と「2」のダブルだった。
この映画は『スパイダーマン ホームカミング』『スパイダーマン ファー・フロム・ホーム』に続くMCUのスパイダーマンシリーズの第3弾であり、同じくMCU作品の『アベンジャーズ インフィニティ・ウォー』『アベンジャーズ エンドゲーム』でもスパイダーマンと共闘した、ベネディクト・カンバーバッチ演じるドクター・ストレンジが登場する。
カンバーバッチは非常に魅力的な俳優で、僕は彼のファンである。彼の他の作品も観られるだけ観たが、テレビドラマの『SHERLOCK(シャーロック)』も上出来であった!
話を『スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム』に戻すが、前作でホログラム技術を武器にするミステリオを倒したピーターだったが、ミステリオが残した映像をタブロイド紙の「デイリー・ビューグル」が世界に公開してしまう。これでピーターにはミステリオ殺害の容疑がかけられてしまい、さらに「スパイダーマンはピーターだ」と正体を暴かれてしまう。
マスコミに騒ぎ立てられ、世界中を敵に回したピーターは窮地に追い込まれ、魔法を操るドクター・ストレンジに「魔術の力で自分がスパイダーマンだと知られていない世界にしてほしい」と頼むのである。
これは世界の危機であるのと同時に、ピーターというキャラクターのアイデンティティの危機でもある。つまり欠如は「1」と「2」のダブルなのであり、そこがこの映画の面白さを際立たせている。
さて。
僕らは巨費を投じて映画を制作するわけではなく、小説を書くわけだから、最低限「2」の登場人物に関わる欠落を描く方法を身につけなければならない。
『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』予告3 1月7日(金)全国の映画館で公開! #全ての運命が集結する ── https://youtu.be/-XT5bbq6CU4
【向田邦子「かわうそ」の方法論】
今回テキストとして扱うのは、向田邦子さんの「かわうそ」である。短編集の『思い出トランプ』の最初に収録されており、向田さんはこれらのいくつかの短編連作で直木賞を取り、およそ1年後に台湾の飛行機事故で亡くなった。
その「かわうそ」の冒頭部分である。
指先から煙草が落ちたのは、月曜の夕方だった。
宅次は縁側に腰かけて庭を眺めながら煙草を喫い、妻の厚子は座敷で洗濯物をたたみながら、いつものはなしを蒸し返していたときである。
ようするに主人公の──続きはオンラインサロンでご覧ください)