特別公開:英雄神話は自分探しの旅のプロセスに対応している──『千の顔を持つ英雄』をテキストに3

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『「英雄神話は自分探しの旅のプロセスに対応している」の3回めです。ジョーゼフ・キャンベルの『千の顔を持つ英雄』の「第一章 出立」と「第二章 イニシエーション」で英雄は試練を克服し、父と一体化し、勝利して神格化され、究極の恵みを得ることが出来た。
だが、物語はここでは終わらない。
なぜか?』

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「私」物語化計画 2019年9月6日

特別公開:英雄神話は自分探しの旅のプロセスに対応している──『千の顔を持つ英雄』をテキストに3 山川健一

大阪でのスクーリングと懇談会は、とても有意義だった。前半は僕の自分探しの旅論、物語論。4人の作家達も聴いている会場で講義するのはいささか緊張──しなかったかな(笑)。

後半は児童文学の人気作家である越水利江子さん、宮下恵茉さん、楠 章子さん、寮 美千子さんをゲストにお招きしたトークショーで、4人の作家達の「なぜ小説を書き始めたのか」という生の声を聴いたら、ロジックなんて実はどうでもいいかなと思ってしまった。

寮さんは僕の高校の後輩で、宮下さんと楠さんは大学の先輩後輩。そして、越水さんは宮下さんと楠さんのお師匠さんだ。得難い仲間達です。

寮 美千子さんがFacebookのコメント欄にこんな風に書き込みしてくれた。

 

〈ありがとうございました。山川さんの講義、久々に講義らしい講義を聴けて、よかったです。悪ぶっても根はやっぱりすごくまじめで勉強好きなんだなあと改めて感じました。そこがまた少年ぽい。インナーチャイルド、全開にしてください。少年小説、楽しみにしています。〉

 

まじめで勉強好き?

はぁ、そうなのかもね。小説家になる前は批評家志望で、僕の中には今も1人の批評家が棲んでいる。だから『「私」物語化計画』なんかやってるのかも。よし、インナーチャイルド全開にしよう。

 

それでは、本論に入ろう。

「英雄神話は自分探しの旅のプロセスに対応している」の3回めです。ジョーゼフ・キャンベルの『千の顔を持つ英雄』の「第一章 出立」と「第二章 イニシエーション」で英雄は試練を克服し、父と一体化し、勝利して神格化され、究極の恵みを得ることが出来た。

だが、物語はここでは終わらない。

なぜか?

英雄はまだ「異界」におり、出発して境界を超えたように、この境界を再び超えてかつて自分がいた世界──つまり日常生活に戻らなければならないからだ。

この日常というやつが案外と厄介で、でもその中でこそ「究極の恵み」も力を発揮するだろう。

ということで、『千の顔を持つ英雄』の帰還を扱った第三章を見ていこう。

わかりやすいように、まず目次を見て頂きます。

第三章 帰還
1. 帰還の拒絶
2. 魔術による逃走
3. 外からの救出
4. 帰還の境界越え
5. 二つの世界の導師
6. 生きる自由

いつものように僕がナビゲーターになり、われわれの英雄をこちら側の世界に連れ戻そう。

 

1. 帰還の拒絶

〈ここが最も重要なところです。

思い出してみよう。英雄は出発する時、冒険への召命を受けたのに、それを拒否したのだった。それは、子供が大人になることを拒むのと同じことだ。

そして、自然を超越した力の助けを受けて、ようやく最初の境界を越えた。

帰りも同じように困難なのだ。

英雄はこれまでの旅で生命の根源に触れ、その秘密を知った。さらに、しばしば動物に姿を変えた神の恩寵を受けとっている。

キャンベルはこう書いている。

 

《──今度は自分の人生を一変させる戦利品を携えて帰還の途につかなければならない。完全に円環し、モノミスの基準を満たすには、叡智のルーン文字や「金の羊毛」(ギリシア神話の英雄イアソンが眠らない龍から奪い取った、翼を持つ金色の羊の毛皮)を持って、あるいは眠れる姫を連れて人間の世界に向け試練の帰路へと踏み出すことになる。そこでは、手に入れた宝が共同体や民族、地球や一万世界の再生に役立つだろう。》(『千の顔を持つ英雄』新訳版・ハヤカワ文庫)

 

モノミスという言葉が出てきたが、これはキャンベルがジェイムズ・ジョイスの言葉を借りたもので、「あらゆる文明における神話には共通したパターンがある」という理論だ。モノミス理論と呼ばれている。

モノミスとはモノ(=単)+ミス(Myth=神話)、つまり神話の原型で、これがあらゆる神話や昔話に適用されるとキャンベルは考えた。

キャンベルは、世界各地の神話に登場する英雄の成長物語(ヒーローズ・ジャーニー)は基本的に同じパターンを持っていると言っているわけだ。

 

そしてこのモノミスに従えば、英雄は簡単には元の世界には帰らないのである。叡智のルーン文字や金の羊毛や不老不死の薬や眠れるお姫様は、かつての日常世界に持ち帰ってこそ共同体や地球の役に立つというのに、である。

英雄は、帰還を拒む。

簡単に言ってしまえば宝物をゲットしたのだからさっさと元の世界に戻り、この贈り物の価値を受け取ればいいのに、千人もいる英雄の殆どが簡単には帰還しない。

全く以て不可解だが、ここに神話の秘密がある。

ブッダでさえ悟りの教えがきちんと伝わるかどうか不安を感じていたし、何人もの聖者がこの世ならぬ悦惚のさなかに世を去ったのである。

何事かを成し遂げ帰還した英雄が最初に直面する問題について、キャンベルは「魂が満たされる充足感を味わった後に、つかの間の喜びや悲しみを、この世の陳腐で煩わしい煩雑さを、現実として受け入れなければならないことだ」と書いている。

ツアーを終えて帰宅したロック・ミュージシャンみたいなものだ──と言えば分かりやすいだろうか。

ようするに、英雄が帰還しなければならないのは、煩雑で退屈で面倒くさい日常生活なのである。勉強しろと言われたり、原稿の締め切りがあったり、この頃ちっとも連絡してくれないのねなんて言う面倒な恋人がいたり、「あーあ、ドラゴンとの死闘は何だったんだよ!」と思わせるつまらない日常生活が待っているのは分かっていて、だったら帰らないで子供のままここにいたいなと英雄は思うわけだ──というのが僕の個人的な解釈だ。

 

キャンベルは、具体例として古代インドの戦士の王ムチュクンダの物語を挙げている。

ムチュクンダは悪魔との絶え間ない戦いで敗北を喫した神々を助け圧倒的な勝利をもたらす。

神々は喜びに沸き、望みは何でも叶えてやろうと約束する。戦いで疲労困憾していたムチュクンダ王が望んだものは、何だったか?

その願いとは「終わりなき眠りと、万一眠りを覚ます者がいたら、王が一目見ただけで黒焦げになる」というものであった。

その願いが聞き入れられると、ムチュクンダ王は山の奥深くにある洞窟に引きこもり、まどろみの時を過ごした。「フロイト流の無意識のような永遠の時間」だとキャンベルは言っている。

やがてムチュクンダ王は聖なる存在に起こされ、再び生誕する。

そんな具合に神話は循環していく。

ムチュクンダ王の物語は僕らにとってあまり馴染みがないだろうから、マーリンのことを思い浮かべればいい。

 

マーリンはSNSゲームのFate/Grand Orderに登場する「花の魔術師」で、すべての冒険が終わった後、アヴァロンの塔に自らを幽閉した。FGOでは花々が咲き乱れた楽園に聳える塔ということになっているが、実はいくつかの説がある。

アンブローズ・マーリンは自分の子供同然のアーサー王を助けブリテンの統一に力を注ぐが、最後には恋の相手である湖の妖精ニムエに騙され、危険の森の地下洞窟に幽閉されてしまう。

自ら閉じこもったと言う説もある。

いずれにせよ、これ以降マーリンはアーサー王の物語には登場せず、アーサーが最後の戦いで致命傷を負った時も助けにいくことはなかった。

マーリンが物語から退場したことについて、『アーサー王』(佐藤俊之 著)にはこんなふうに書かれている。

 

《アーサー王伝説はイギリスがケルト人からサクソン人の世界へ、異教からキリスト教へと移り変わる時期を描いた物語である。マーリンはこうした時代の移り変わりを、己の退場によって描いているのである。》(『アーサー王』佐藤俊之) https://amzn.to/2zXIKnz

 

マーリンはFGOユーザーの間では人気があり、実は僕も『「私」物語化計画』の大阪イベントを終えてホテルに戻った時、およそ1年半ぶりに行われたピックアップを5回引くつもりで、なんと2回めで引き当て、もはや諦めていたのでしみじみと感動したのだった──あ、脱線ですね、すみません。

 

アーサー王に仕えた魔術師マーリンの伝説は今ではとても有名になり、典型的な魔法使いとして、もちろんFate/Grand Orderばかりではなく、『指輪物語』や『ハリー・ポッター』にもその影響をみることができる。

そのマーリンの最も重要な点は、アーサー王伝説の最後に退場してしまい帰還を拒絶したということだ。

だからこそ、今もふわふわした子供性を残しており、強い存在感を持っているのだろう〉

 

2. 魔術による逃走

〈それでも英雄は帰還しなけれなならない。

でも、どうやって?……(特別公開はここまで、続きはオンラインサロンでご覧ください)

 

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