特別公開:神秘を表現するのに、物語ほど有効な箱はない──『四十九日のレシピ』(伊吹有喜) 山川健一

いわばファンタジーの世界に作者は一歩踏み出している。こいつは文学的な冒険なのだ──

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「私」物語化計画 2021年8月6日

特別公開:神秘を表現するのに、物語ほど有効な箱はない──『四十九日のレシピ』(伊吹有喜) 山川健一

【僕の神秘体験】

いつかきちんと書こうと思うが、僕には複数の神秘体験がある。最初は体外離脱体験で、高校一年生の時のことだ。

二階の部屋で寝転がっていたら、金縛りになった。金縛りなんて知らないから、何が起こったのか分からなかった。僕は慌て、畳に伸ばした腕を持ち上げようとするのだが、腕はピクリともしない。それどころか、指先さえもが動かせないのだ。

目は開いており、天井が見える。

クソッ、どうしちまったんだ、まさかこのまま死んでしまうわけじゃないだろうな、と思った。

そして、ふと気がつくと、僕は空中に浮かんでいるのだ。天井がすぐ近くに見え、僕はそのことに気がついた。部屋の空気がねばねばした感じで密度が濃くなっており、だから相対的に僕自身の比重が軽くなり、それで浮かび上がってしまったのだと思った。いや、ちょっと待てよ、と考え直し、下を見てみた。すると、自分の肉体がちゃんと畳の上に寝転がっているのが見えるではないか。

その時、階下から母親の声が聞こえた。

「健ちゃん、御飯ですよ。降りてらっしゃい」

そうだ、もう夕飯だ、戻らなくてはと思う。そして、肉体のほうへ戻ろうと意志してみる。するとスーッと自分の肉体に戻り、その瞬間、金縛りが解けたのだ。

光の玉──妖精かUFOの子機みたいなもの──に遭遇したこともある。

大人になってからのある年の夏、僕は『ワン・ラブ・ジャマイカ』という本の取材のためにジャマイカに旅行した。十年ぶり、五度めのジャマイカ旅行であった。オチョ・リオスの浜辺で、深夜ビーチ・チェアに寝ころがっていた。僕らは男ばかり三人で、ぽつりぽつりと話していた。

頭の中ではボブ・マーリィの〈ナチュラル・ミスティック〉という曲が鳴りつづけていた。その時、海の上の暗がりに、ぽつんと光が現れた。ちょうどテニスボールほどの大きさだろうか。光はとても強く、マグネシウムでも燃やしたように白色に輝いている。そしてその中心は、濃いオレンジの三角形なのだ。

それが、スーッと滑らかに海面に降りてくるのだ。それから光は点滅をはじめ、ビーチの方へ向かってくる。

「おい、見えるか?」

声が震えてきてしまいそうなのを堪えながら、僕は隣りの友達に言った。

「見えます。あっれえ、何なんだろう!」

その何ものかは──

 

── 中略 ──

 

誰にでも一つか二つは不思議な体験があるだろうと思う。皆さんにもそんな体験があるはずで、もし良ければそれをコメント欄に書き込んでください。共有しましょう。大切なのは、それを文学化するにはどうしたらいいのかということだ。

神秘を表現するのに物語ほど有効な箱はないから、多くの人が神秘を描こうと試みるが、その際には注意点がある──ということでこの講義原稿を書いているわけだ。

前回は「何でもアリはダメ」だというパターンを、『東京卍リベンジャーズ』に見た。

今週は「何となくそうかもしれないと読者に思わせるパターン」を紹介します。参考にする作品は伊吹有喜さんの『四十九日のレシピ』(ポプラ社)だ。

伊吹有喜さんは1969年三重県生まれ。中央大学法学部を卒業し、2008年に『風待ちのひと』(「夏の終わりのトラヴィアータ」改題)で第3回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞してデビュー。『四十九日のレシピ』はNHKでドラマになり、映画化もされたのでご存知の方も多いだろう。

 

【伊吹有喜さんのデビュー作『風待ちのひと』(ポプラ社)】

ネタバレ含みますが、このサロンの特性上、ご容赦ください。

伊吹有喜さんの作品の大きな特徴は、市井の人々を扱っているということだろう。普通の人々(Ordinary People)が主人公なのである。僕が言いたいのは、神秘体験などとは程遠い世界がベースにあるということだ。

デビュー作の『風待ちのひと』から──続きはオンラインサロンでご覧ください)

 

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