特別公開:特別編・長い小説を書くために5 三種類の恐怖と力学的逆転 山川健一
物語とは目的を達成しようとする主人公が、それを邪魔する敵と戦うことによって成立する。そして敵の本質とは恐怖なのである──
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「私」物語化計画 2020年10月23日
特別公開:特別編・長い小説を書くために5 三種類の恐怖と力学的逆転 山川健一
【イニシエーションの敵とは恐怖に他ならない】
物語とは主人公が成長する過程を描くものである。これは間違いではない。ゲーテの「ウィルヘルム・マイスターの修行時代」という有名な作品があるが、欧米ではこうした教養小説の良い作品が数多く書かれた。
日本にも『次郎物語』(下村湖人)や、官憲による圧力で未完となった『路傍の石』(山本有三)などの教養小説の名作がないわけではないが、主人公が「成長」するだけではなく、「堕落」しても良いのである。
物語においては、堕落もまた成長の範疇である。太宰治や坂口安吾がこうした作品を書いた。
物語の主人公は「欠落」を抱え、これを回復することを目的に旅立つ。
言葉を変えれば外圧によってやむなく旅立ち、イニシエーションを経て、成長もしくは堕落しなければならない。つまり「変化」しなければならないということだ。
イニシエーションとは簡単に言えば目的の達成を阻もうとする敵と戦うことだ。いくつかのイニシエーションがあり、いくつかの敵を倒し、物語のコアを成す秘密と言うべき「隠された父」を発見し、これを倒して帰還する──という構造を物語は持っている。
ここで皆さんに考えていただきたいのだが、「敵」とはどのような存在だろうか。
敵とは悪だろうか。
隠された父とは悪の象徴なのか?
ヒーロー物では、敵とは確かに悪である場合が多い。しかしスポーツ小説ではどうだろう。とても強いライバルが登場し、彼らを倒すことによって主人公はトーナメントを勝ち上がっていくとする。
ライバルは悪だろうか?
ヒーロー物でも、例えばアイアンマンに知的遺産を残した父親は悪なのか?
悪とは言えない。
むしろ味方である。
こうしたヒーロー物やスポーツ小説や神話における「敵」の共通項とは何か。それが定義出来れば、物語のイニシエーションにおける「敵」の本質が明らかになるだろう。
私見によれば、「敵」とは「悪」と言うよりもむしろ「恐怖」なのだ。
敵役、そしてラスボスとも言うべき隠された父とは恐怖の象徴である。
ヒーローがモンスターと戦う時にも、テニスプレイヤーがトーナメントで強敵と出会う時にも、あるいは恋愛小説において心から愛している相手に愛を告白する時にも、主人公の内側には恐怖が存在しなければならない。
そして遂に隠された父に対峙する時、その聳える壁は恐怖以外の何者でもない。
恐怖を克服することこそがイニシエーションなのであり、それを積み重ねていくことが主人公に成長あるいは堕落をもたらす。
ご理解頂けただろうか。ホラー小説ばかりではなく、すべての物語にとって「恐怖」が重要なのである。
ちなみに、主人公が何か抽象的なものを恐れて朝からずっと酒を飲んでいたとか、部屋にこもって考え事をしていたとか、過去の思い出にふけって逃避していたとか、というのはダメである。
主人公をイニシエーションのるつぼに叩き込み恐怖と対峙させるためには、行動させなければならない。これは復習になるが、主人公はやむを得ない圧力に押し出されて行動しなければならないのだ。
話を恐怖に戻すが、物語にとって恐怖とはそれほど重要なのである。
物語とは目的を達成しようとする主人公が、それを邪魔する敵と戦うことによって成立する。そして敵の本質とは恐怖なのである。
敵──恐怖が大きければ大きいほど物語がスリリングになる。
そしてコアとも言うべき隠された父が強大であればあるほど、物語のスケールは大きくなる。ここまでが、物語のベーシックな構成である。
そして読者を満足させるためには、力学の逆転がなければならない。力学の逆転の罠を、作者であるあなたは「恐怖」そのものに仕掛けることが出来る。もちろん隠された父に仕掛けられれば言うことはない。
というわけで、恐怖の構造を解説する前に、この力学構造の逆転を押さえておこう。
【力学の逆転】
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