特別公開:緊急講義2 クライムノベルは何を達成できるか? 山川健一
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『 ここ数日の闇は濃く、悲しみが深い。
しかし先週、僕はここで「少しずつでもいいから物語力を取り戻すように努力していきたいと思う」と書いてしまった。
マジかよ?
今週はお休みに出来ないの?
頑張ろう──。
気を取り直して、クライムノベル(犯罪小説)の持つ構造について解説していきたいと思う。』
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「私」物語化計画 2019年6月7日
特別公開:緊急講義2 クライムノベルは何を達成できるか? 山川健一
皆さん既によくご存知のように、先週の登戸の事件に続き、この事件に誘発された可能性も指摘される殺人事件が起きてしまった。父親が息子を刺殺したのである。
《「児童ぶっ殺す」と長男 元次官、川崎殺傷よぎり殺害か》
元農林水産事務次官の熊沢英昭容疑者(76)が東京都練馬区の自宅で長男(44)を殺害したとされる事件で、長男が事件直前、運動会中の児童らについて「ぶっ殺す」と発言していたことが、捜査関係者への取材でわかった。
警視庁の調べに対し、熊沢容疑者がそういう趣旨の供述をしたうえ、川崎市で児童ら20人が殺傷された事件に触れ、「長男が危害を加えてはいけないと思った」との内容の説明をしているという。
熊沢容疑者は「長男は引きこもりがちで、中学2年の頃から家庭内暴力があった」とも説明。「殺すしかない」との趣旨のメモ書きも見つかったという。警視庁は、熊沢容疑者が精神的に追い詰められた末、事件直前の発言をきっかけに殺害を決意したとみている(2019年6月3日/朝日新聞デジタル)。
僕はずっとこの事件について考えている。殺された息子は歪んだ形であったにせよ父親を誇りにして、友達やネットゲームのフレンドにも自慢していた。そのネットゲーム『ドラクエ10』では本名を公開し、ツイッターでは父親と相互フォローしていた。
最後はその父親に殺された。
子供を愛おしいと思わない父親はいない。彼が大人になったとしても、子供だった頃の、幼児だった頃の息子を、肌感覚で覚えているはずだ。抱き上げた時の柔らかな体の感触が腕に残っているものだ。
『安息の地』を書いた時にそう思った。今回の事件についても強くそう思う。
刃物で刺した瞬間、父親にとって息子は息子であることをやめていたのだろう。そうとしか考えられない。ツイートを読むと、44歳の息子は父親を誇りにしており、父は今も息子を愛していた。どんなゲームもこれ以上の悲しみを表現してはいない。
ここ数日の闇は濃く、悲しみが深い。
しかし先週、僕はここで「少しずつでもいいから物語力を取り戻すように努力していきたいと思う」と書いてしまった。
マジかよ?
今週はお休みに出来ないの?
頑張ろう──。
気を取り直して、クライムノベル(犯罪小説)の持つ構造について解説していきたいと思う。
【レッスン1】
クライムノベルは、推理小説などを含め、花鳥風月を描く伝統的な日本文学などと違い、明確な構造を持っている必要がある。
その構造的な大きな特徴は、犯行を冒頭に持ってくるか結末に配置するかという選択だ。
ドストエフスキーの『罪と罰』では、主人公のラスコーリニコフが冒頭近くで金貸しの老婆を殺す。主人公が持っていた「超人思想」に基づく犯行で、いわば確信犯であった。この犯行が正しかったのかどうか、ラスコーリニコフは小説の全編を通して考え続けることになる。
この時、1人で考えるのではなく、マルメラードフやスヴィドリガイロフ、そして娼婦のソーニャなどとの関係性の中で考えていく。前の講義で触れた「関係の絶対性」の中で思索を深めていくという形にしなければならない。
ソーニャに犯行を告白すると、彼女は自首しろと強く迫り、こう言う。
「お立ちなさい!──いますぐ、これからすぐに行って、十字路に立って、身をかがめて、まず、あなたの汚した大地に接吻なさい。それから全世界に、東西南北に向ってそれぞれ頭を下げ、そしてみんなに聞こえるように大きな声で『わたしは人を殺しました!』と言うんです。そうしたら神様はまたあなたに生命をさずけてくださるでしょう──」
あなたの汚した大地に接吻なさい──印象的な言葉である。
実は……(特別公開はここまで、続きはオンラインサロンでご覧ください)