エミリー・ブロンテ『嵐が丘』の方法を検証する 2 山川健一
『嵐が丘』の「悪」とは何だろう。この長い物語における「偽敵」と「本敵」とは何か──
次代のプロ作家を育てるオンラインサロン『「私」物語化計画』会員用Facebookグループ内の講義を、一部公開いたします。
ご興味をお持ちの方は、ぜひオンラインサロンへご参加ください。
→ 毎週配信、山川健一の講義一覧
→ 参加者募集中→ 参加申し込みフォーム
「私」物語化計画 2022年2月25日
特別公開:エミリー・ブロンテ『嵐が丘』の方法を検証する 2 山川健一
──(略)──
僕は湖水地方にある『ピーター・ラビット』を書いたビアトリクス・ポターの家には行ったことがあるのだが、印象がよく似ている気がする。湖水地方とハワースは近く、両方を旅程に入れる人が多いようだ。
そう言えばストラトフォードにあるシェイクスピアの生家にも行ったことがあるが、ここもそんなに遠くはない。ただ、家そのものは16世紀に建てられたものなので、だいぶ厳しい。
長々続けると紀行文になってしまいそうなのでこの辺りでやめておくが──(略)──『嵐が丘』の第一章にこんな文章がある。写真と合わせて読むと、リアルに感じられる。
〈嵐が丘(ワザリング・ハイツ)〉というのが、ヒースクリフ氏の住まいの名称だ。“ワザリング”とは言いえて妙だが、この土地ならではの形容詞で、一天、荒れ騒ぐさまを表しており、嵐ともなれば、あの屋敷のあたりはそんな烈風に吹きさらされる。けだし、あそこの丘には、すみきって気持ちのいい風がたえず通っているのだろう。丘の上から吹きおろす北風の猛威も察しがつくというものだ。屋敷の奥にむれ立つ幾本かのモミの木が、ねじけてひどくかしいでいるのを見れば。
『嵐が丘』第一章より
【『嵐が丘』の主要登場人物】
まず登場人物を確認しておこう。並べておくとストーリーを紹介する際に便利なので。Amazonの新潮文庫のページからの引用である。
主要登場人物
- ヒースクリフ…〈嵐が丘〉の主人に拾われた孤児
- キャサリン…〈嵐が丘〉の主人の娘
- エドガー…〈鶫(つぐみ)の辻〉の長男
- イザベラ…エドガーの妹
- ヒンドリー…キャサリンの兄
- フランセス…ヒンドリーの妻
- キャサリン・リントン…キャサリンとエドガーの娘
- リントン・ヒースクリフ…ヒースクリフとイザベラの息子
- ヘアトン・アーンショウ…ヒンドリーとフランセスの息子
- ジョウゼフ…〈嵐が丘〉の使用人
- ネリー(エレン)・ディーン…〈嵐が丘〉および〈鶫の辻〉の使用人
- ロックウッド…〈鶫の辻〉の間借人
〈嵐が丘〉と〈鶫の辻〉はそれぞれ屋敷の名前で、この二つの領地を舞台に壮大な物語が描かれる。
複雑な構造の小説であり、世代をまたぐ長い話で、さらにこれがシリアルに書かれているわけではないので一本のストーリーラインを抽出することが難しいのだが、とりあえず確認するために、いつもの「起承転結」をベースに簡単に紹介しておく。
【真ん中のストーリーライン】
「起」
人間嫌いのロックウッドは社交界から遠ざかるため、イングランドのヨークシャーにある、人里離れた土地スラッシュクロス──〈鶫の辻〉の屋敷を借りる。〈鶫の辻〉の所有者はヒースクリフという男で、普段は隣の領地〈嵐が丘〉に住んでいる。ロックウッドは挨拶するために〈嵐が丘〉に出向いた。
これが小説の冒頭部分で、時制は「現在」だ。
主人公はロックウッドなのだろうと読者は思うのだが、そうではないのだ。
ヒースクリフはロックウッドを不愛想に出迎える。屋敷には──続きはオンラインサロンでご覧ください)