特別公開:小説の終わらせ方 04 世界と一体化する──瀬尾まいこ『7’s blood』と浅田次郎『壬生義士伝』から学ぼう 山川健一
小説を喪失感を克服した希望の表現で終わらせるには、世界を肯定し抱きしめ、そいつを受け入れるしかないのである──
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「私」物語化計画 2021年5月7日
特別公開:小説の終わらせ方 04 世界と一体化する──瀬尾まいこ『7’s blood』と浅田次郎『壬生義士伝』から学ぼう 山川健一
真面目な講義テキストを毎週配信しており、もちろんそれがこのオンラインサロンの主要なコンテンツでもあるのだが、たまには息抜きをしてユーモアのあるのんびりした事柄を書いてみたい気もする。
しかし日本のあちこちで緊急事態宣言の延長がされるようで、およそそういう雰囲気ではない。とりわけ大阪では、医療機関がキャパシティオーバーで、自宅に取り残されたままなくなる人が多数いるのだそうだ。
東京でも、小学生や中学生まで、いや保育園に通う幼児さえもがCOVID-19に感染している。
僕の仕事場がある世田谷区も惨憺たる有様で、幼児たちが集まる施設でクラスターが発生している。
胸が痛む。
そんな中、政府と東京都はオリンピックを本気で強行するのだろうか。それでなくても医療崩壊寸前なのに、看護師さんやお医者さんといった医療リソースをオリンピックに割こうとしている。そんな余裕などないはずではないか。医療現場は悲鳴をあげている。ワクチンの接種も遅れに遅れており、日本は世界から取り残されそうである。
米有力紙のワシントン・ポストは5日のコラムで、日本政府に対し東京五輪を中止するよう促した。IOCのバッハ会長を「ぼったくり男爵」と呼び、新型コロナウイルス禍で開催を強要していると主張。「地方行脚で食料を食い尽くす王族」に例えて、「開催国を食い物にする悪癖がある」と非難した。
IOCは収益を得るための施設建設やイベント開催を義務付け、「収益のほとんどを自分たちのものにし、費用は全て開催国に押し付けている」とワシントン・ポストは強調している。
そのバッハ会長の来日予定を前提に緊急事態宣言のスケジュールを設定した日本政府は、コロナ対策において大失態を晒している。
1年後、この国はどうなっているのだろうか。
僕は個人的に、オリンピックをボイコットすることに決めた。もし本当にオリンピックが強行されても、一切の競技を観ない。日本の選手の応援もしない。オリンピック期間中、可能な限り部屋に閉じこもり、嵐が過ぎ去るのをひたすら待つ。そうすることに決めたのだ。
キンクスではないが、ワンマンレボリューションだ。
キンクスの〈Here Come the People In Grey〉は何かしらの理由で家の立ち退きを言い渡された若いカップルの歌だ。
通知が来て、住居が取り壊されてしまいそうなのである。
I’m gonna pass me a brand new resolution,
I’m gonna fight me a one man revolution, someway,
Gonna beat those people in grey,
But here come the people in grey,
To take me away.
何か解決策を見つけるんだ
たった一人の革命を戦うぞ
灰色の制服を着た連中をぶちのめしてやる
ああ、だけど連中はやって来て
俺を連れ去ってしまうのだろうな
The Kinks – Here Come the People In Grey
訳詞 山川健一
しかし一人でも戦うぞ──もはやそういう気分なのである。
【希望の表現/世界と一体化して終わらせる】
気を取り直して先週の続きである。
結末部分を書く方法はいくつか存在する──という話のおさらいをしておく。
- 概念を映像化して終わらせる。
- 作品全体の思想をさらに展開して終わらせる。
- 喪失感の表現で終わらせる。
- 喪失感を克服した希望の表現で終わらせる。
- 世界と一体化して終わらせる。
- 世界から零れ落ちることで終わらせる。
- 作品を数行で一気に逆転照射することで終わらせる。つまりドンデン返し。
このうち【喪失感の表現で終わらせる】までの解説をした。今週は【喪失感を克服した希望の表現で終わらせる】を扱います。
もっともこれは【世界と一体化して終わらせる】を含んでおり、細かく分けるとかえって分かりづらいので、【希望の表現/世界と一体化して終わらせる】と結合しておきます。
なぜそうしようと思ったのかと言うと、今回紹介する瀬尾まいこさんの『卵の緒』に収録された「7’s blood」を読み返したからだ。
これは「喪失感を表現する結末」を、もう一歩先へ踏み出して終えるパターンで、エピソードを一つ付け加える必要がある。そのことにより世界と一体化することを可能にする。
せいぜい数行程度の文章でこれを実現しなければならないわけで、高度な文学性が求められる。
二つの小説を参考例として検証することで、希望の表現で小説を終わらせる技術を学びたいと思う。
【『卵の緒』収録の短編「7’s blood」の結末のキスシーンは素晴らしい!】
瀬尾まいこさんの「7’s blood」を紹介しよう。『卵の緒』収録の短編だ。
ぶっちゃけ、ラストを明確に覚えてたわけではなかったのだが、作品自体は印象に残っており、今回読み返してなるほどなぁと唸らされた。
瀬尾まいこさんの小説は『強運の持ち主』や『幸福な食卓』など他にも好きなものがたくさんあり、だがこの「7’s blood」がいちばん好きだ。
瀬尾まいこさんさんは2001年に坊ちゃん文学賞大賞を『卵の緒』で受賞してデビューした。『卵の緒』は養子だということに気づいている少年の話なのだが、お母さんがへその緒の代わりに「卵で産んだから、卵の緒」と優しく奇想天外なことを言い、それがタイトルになっている。
「7’s blood」は『卵の緒』に併録されている中編だ。主人公の女子高生の七子には腹違いの弟、七生がいる。小学校6年生だ。今までずっと別々に暮らして来たのだが、七生の母親が傷害で刑務所に入ったため、引き取る人が必要になった。
ちなみに父親は既に亡くなっている。
七子のお母さんは奇特にも愛人の子の面倒を見ることを決め、しかし母親は入院してしまい、七子と七生の同居生活が始まる。
というようなストーリーで、七子と七生がだんだん打ち解けていくハートフルな話なのだが──この小説はぜひ皆さんに読んでほしいと思うので、なるべくネタバレにならないように詳細は省く。
最後は───続きはオンラインサロンでご覧ください)