特別公開:新年のご挨拶/友達にも会えない2021年の物語 山川健一
年頭に当たって僕が皆さんに伝えたいことは二つ──
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「私」物語化計画 2021年1月8日
特別公開:年頭に当たって僕が皆さんに伝えたいことは二つ 山川健一
新年あけましておめでとうございます。お正月を1回お休みにして頂き、僕はゆっくりさせて頂きました。
ゆっくりしたというのは、「文学」や「物語」について考えない時間を過ごさせてもらったということだ。
年末年始はゲームをやり、テレビで映画を観て、毎日散歩に行った。
ゲームはSwitchで『フォートナイト』、iPhoneで『FGO』をやっている。至福の時間である。
映画は、『フォートナイト』がMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)の『アベンジャーズ』とコラボしたので、2020年現在すでに20作品以上が公開されているこのシリーズを順番に観ている。
ロバート・ダウニー・Jrが演じる『アイアンマン』のファンである。
いやぁ、物凄くよく出来た映画で、駄作がない。物語論の原則に沿っており、スケールが大きく、『スターウォーズ』や『未知との遭遇』で育った僕としては、特撮の技術の進歩に腰を抜かすほど驚かされる。これを観た今の子供達は、現実と映画の差別化が出来なくなってしまうのではないかと心配になる。
文学の方では、十代の頃から敬遠してきた夏目漱石を読んでいる。漱石の日本語を読むと癒される。晩年の漢詩にしてもそうだ。息子が学生時代に漱石全集を書い、それが家の本棚に並べてあるので拝借しようと思ったら美味しい刊だけ新居に持って行ってしまっている。「クソッ」と一つ舌打ちして、しかしあいつの蔵書だから仕方ないかとあきらめてコンパクトな全集を買った。
女はやがて帰って来た。今度は正面が見えた。三四郎の弁当はもうしまいがけである。下を向いて一生懸命に箸を突っ込んで二口三口ほおばったが、女は、どうもまだ元の席へ帰らないらしい。もしやと思って、ひょいと目を上げて見るとやっぱり正面に立っていた。しかし三四郎が目を上げると同時に女は動きだした。ただ三四郎の横を通って、自分の座へ帰るべきところを、すぐと前へ来て、からだを横へ向けて、窓から首を出して、静かに外をながめだした。風が強くあたって、鬢がふわふわするところが三四郎の目にはいった。この時三四郎はからになった弁当の折を力いっぱいに窓からほうり出した。女の窓と三四郎の窓は一軒おきの隣であった。風に逆らってなげた折の蓋が白く舞いもどったように見えた時、三四郎はとんだことをしたのかと気がついて、ふと女の顔を見た。顔はあいにく列車の外に出ていた。けれども、女は静かに首を引っ込めて更紗のハンケチで額のところを丁寧にふき始めた。三四郎はともかくもあやまるほうが安全だと考えた。
「ごめんなさい」と言った。
女は「いいえ」と答えた。まだ顔をふいている。三四郎はしかたなしに黙ってしまった。女も黙ってしまった。そうしてまた首を窓から出した。三、四人の乗客は暗いランプの下で、みんな寝ぼけた顔をしている。口をきいている者はだれもない。汽車だけがすさまじい音をたてて行く。三四郎は目を眠った。
しばらくすると「名古屋はもうじきでしょうか」と言う女の声がした。見るといつのまにか向き直って、及び腰になって、顔を三四郎のそばまでもって来ている。三四郎は驚いた。
夏目漱石『三四郎』
ストーリーや思想よりも、こういう何気ない箇所が面白い。『坊ちゃん』的なユーモアもある。アイデンティティの確立に悩み、恋の駆け引きに翻弄される九州出身の純朴な学生である三四郎を描いた青春小説で、ストーリーは別に大したことはない。
文豪と言われる漱石だが、たとえばこの『三四郎』も舌を巻くほど上手い箇所もあり、そうでもないなという箇所もあり、そういうことを考えながら読んでいくのが楽しい。
ロックは、これもずっと敬遠して来たポール・マッカートニーを聴いている。物語化計画の連載で『エリナー・リグビー』を取り上げたのがきっかけかな?
ビートルズの楽曲はすべてレノン=マッカートニー名義となっているが、主にポール・マッカートニーによって書かれた曲だ。
推薦作として掲載させて頂いた嘉村詩穂さんの『All the good girls go to hell』はビリー・アイリッシュの『All the good girls go to hell』のタイトルから表題がつけられているが、これはザ・ビートルズの『You Never Give Me Your Money』を下敷にしているのだろうと思い聴きなおしたのがきっかけで、ポールを「復習」したのだった。
『Abbey Road』のB面は、「ロック史上最高の黄金のB面」だが、ポールはソロコンサートでこれを再現しており、圧巻だ。YouTubeで見られるのだ、皆さんも是非。
ロックには人を癒す力があり、ポール・マッカートニーの音楽はその筆頭だろう。
それにしても、若い頃は、まさか自分が漱石を読みポール・マッカートニーを聴く毎日を送ることになるとは予想もしなかった。
【二つの大切な指針について】
ご存知のように、今日一都三県に緊急事態宣言が発出された。東京の新規感染者は2447人で過去最多。重症者は121人で、事実上医療は崩壊している。コロナなら自宅待機するように言われ、盲腸や交通事故でも入院出来ないということだ。
年頭に当たって僕が皆さんに伝えたいことは二つ。
■癒しとしての文学
一つは、癒しが必要だということだ。
谷崎潤一郎が『陰影礼讃』の最後の部分でこう書いている───続きはオンラインサロンでご覧ください)