特別公開:7人に1人の子供が貧困状態の日本で「正義」について考える 山川健一
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『今週は予告した通り、「悪」の相対性について具体的に学ぶレッスンを行います。
さて、この「悪」の反対語はなんだろうか。
先週は自分自身を振り返ると言う意味から「善」ということで話を進めたのだったが、少し範囲を広げると「正義」ということになるのではないだろうか。この「正義」というのが厄介で、それは実に相対的なものなのだ。』
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「私」物語化計画 2019年9月20日
特別公開:7人に1人の子供が貧困状態の日本で「正義」について考える 山川健一
先週は「あなたは善人ですか、それとも悪人ですか?」というテーマで書いた。コメントを下さった皆さん、ありがとうございます。
今週は予告した通り、「悪」の相対性について具体的に学ぶレッスンを行います。
さて、この「悪」の反対語はなんだろうか。
先週は自分自身を振り返ると言う意味から「善」ということで話を進めたのだったが、少し範囲を広げると「正義」ということになるのではないだろうか。この「正義」というのが厄介で、それは実に相対的なものなのだ。
正義という言葉には、社会性が付与されている。つまり同じ社会で暮らす人間たちが共通に持っている価値でなければならない。
しかし、そんな正義が成立し得るのだろうか。
21世紀の今、西側の社会にとっては「民主主義」と「立憲主義」が実行されることが正義であると考えるのが一般的だろう。
民主主義(democracy)とは、社会の意思決定をその社会を構成する人々が行う、社会の構成員が最終決定権を持つ制度のことだ。これを主権と言うのはご存知の通りです。
政治体制としては直接民主主義と間接民主主義がある──と、昔学校で習ったはずだ。
立憲主義(Constitutionalism)とは、政府の統治を憲法に基づき行うという原理で、政府の権威や合法性が憲法の制限下に置かれている。
つまり憲法とは政府を監視し制約を課す基本的な法律なのだ。この社会は憲法に立脚し、それは政府の権力の上位にある──とするのが立憲主義だ。
脱線しますが──今の日本では、権力を制限されるべき安倍政権が改憲に必死で、こういうのは疑ってかからなければならないと僕は思っている。
ヨーロッパもアメリカも日本も立憲主義を前提とした民主主義を基本的な体制としており、これを立憲民主主義と呼ぶ。
というわけで、立憲民主党というのはとても良い名前なのである。名前負けしているので、もう少し頑張って欲しいものだと僕は個人的には思っている──って、これも脱線ですね。
次に小説にとって重要な話。
僕らにとって一般的な価値観は普遍的ではなく、小説を書く場合、多様な価値、多様な正義を作品に取り込まなければならないのだ。
今の世界のすべてを立憲民主主義という正義がカバーできているわけではない。イスラム教やユダヤ教の国家では、宗教的な価値観がベースにあるだろう。宗教が国家の枠組みの上位にあるわけだ
中国では共産党の存在が絶対的であり、北朝鮮は独裁的な権力を持った朝鮮労働党の委員長の金正恩が絶対的な存在である。
北朝鮮の憲法には「委員長は国を代表する」とあるそうで、これにより金正恩委員長は国家元首とされる。
こんな風に「正義」の考え方が異なる国同士で色々交渉しなければならないわけで、それは並大抵のことではないし、小説世界を構想するのだって大変なのだ。
国家体制の問題だけではなく、同じ日本の中にも複数の正義が存在するし、時代の変化とともに正義は変容していく。
小説を書く際、登場人物の数だけ「正義」が存在し、それがぶつかり合うことでストーリーが展開していく。したがって、具体的に何が「悪」で何が「正義」なのかということを作家自身が考え抜かなければならないのだ。
例えばスティーヴン・キングの『呪われた町』でも相反する正義がぶつかり合うことでストーリーが展開し、いろいろ考えさせられる。
小野不由美さんの『屍鬼』のオマージュ元にもなってる吸血鬼モノなのだが、吸血鬼という見えぬ恐怖に町が崩壊していくというストーリーだ。
この小説は『死霊伝説 セーラムズ・ロット』というテレビ映画にもなり、日本のSNSゲームである“Fate/Grand Order”の「禁忌降臨庭園セイレム」にも強い影響を与えている──と、僕は思っている。
小説は……(特別公開はここまで、続きはオンラインサロンでご覧ください)