大賞『同人女の異世界召喚』(裏山かぼす)の爆発力 01 こんな無力感を感じるのは……もう……嫌だ……っ! 山川健一
──ここまで読んだ僕の感想は、「あいつ、居直りやがったな」であり、「しかし忠実にナラトロジーの構造を守っているな」ということであった──
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2025年7月11日
特別公開:大賞『同人女の異世界召喚』(裏山かぼす)の爆発力 01 こんな無力感を感じるのは……もう……嫌だ……っ! 山川健一 山川健一
先週報告したが、物語化計画の会員であり、東北芸工大の時には山川ゼミのメンバーだったOさんのデビューが決まった。
この作品の構造分析と、ここに至る経緯をお伝えしたい。「第二回ラノベストリート大賞」大賞に、Oさんが「裏山かぼす」といペンネームで書いた『同人女の異世界召喚』が選ばれたのである。
秋にはこの小説が書籍化される予定である。
Oさんは30歳になったところで、大学時代から数えれば、かれこれ10年僕の教え子ということになる。
真面目な学生で、いつも課題はきちんと提出していた。ファンタジーノベルが好きで、純文学にファンタジーの要素を一部盛り込む、という体裁の作品が多かった。皆でよく大学近くの居酒屋で飲んだ。2023年10月に掲載した推薦作『──(作品名非公開)──』は、大学の卒業制作を今の視点で書き直したものだ。
そのOから『同人女の異世界召喚』の相談があったのは2023年8月のことだった。既にかなりの分量が出来上がった作品を読ませてもらった。
奇想天外な大作だった。
しかしこれは僕にとってはという意味で、若い人達にとってはむしろ馴染みやすい世界なのかもしれない。
少し長いが、冒頭を引用する。
繁忙期故の残業を終えた私は、家に帰って来るなり、風呂にも入らずコンビニ袋を机の上に置き、机を占拠している液タブを退かし、パソコンの電源を点けた。
パソコンが立ち上がるまでの間にコンビニ袋から栄養ドリンクを取り出し、半分を一気に喉の奥に流し込む。舌にこびりつくような甘ったるさとケミカルな風味に顔をしかめつつも、パソコンが立ち上がり次第、文章ソフトを起動して履歴から一番新しいファイルを開き、次にブラウザを起動して、ブックマークしていたとあるホームページを開く。ホームページの上部には「ARK TALE×ししのたに 二次創作コンテスト」の文字が書かれていた。
栄養ドリンクの残り半分を飲み干して、空き瓶を邪魔にならないモニターの下に置き、袋から二本目の栄養ドリンクをキーボードの隣に準備してから、私は文字を打ち込む作業に取りかかった。
ARK TALEとは、剣と魔法の王道ファンタジーな世界観のソーシャルゲームである。
冒険者である主人公はある日、古代の遺産である「方舟」と呼ばれる巨大建造物を発見する。その探索中に相棒となるアンドロイドを偶然にも再起動してしまい、それと連動し方舟も動き出す。相棒のアンドロイドは過去のデータが閲覧できない状態になっており、主人公はアンドロイドの記憶を取り戻すため、方舟に乗って冒険を始めることにした――。
大体そんな感じのターン制RPG系のゲームなのだ。
この「ARK TALE×ししのたに 二次創作コンテスト」というホームページは文字通り、ARK TALE公式が周年イベントの一環として開催したファンアートコンテストであり、イラスト、立体、小説の三部門が存在する。
このコンテストの小説部門に作品を投稿するために、私はこうして机に向かっている。本当はイラスト部門にも応募するつもりだったが……明日に差し迫った〆切に間に合わなさそうなのと、自信が無かったから、諦めた。明日の休日出勤が無ければ出せていたかもしれない。
私は普段から、ARK TALEの二次創作をしている。カップリング二次創作――要するに、原作設定に無いキャラクター同志の恋愛模様の妄想を絵や小説にしているのだ。
王道の恋愛感情系かけ算から依存系巨大感情カプ、果てはブロマンスのような恋愛感情は無いが互いに唯一無二の存在だと感じているようなコンビに近いカップリングまで、幅広く主食としている。
だが今回は公式公認のコンテスト。オタクの幻覚である非公式のカップリング設定を持ち込むなんて言語道断だ。
そもそも原作に無い設定を盛りに盛った俺設定特盛りキャラ崩壊作品なんてものは、同志の多いSNSやイラスト・文章投稿サイトに投稿するならともかく、公式が開催しているコンテストに出すなんてあり得ない。
そんな愚行は、棲み分けが出来ない余程の馬鹿くらいしかしない行為である。
そういうわけで、私は自称一般良識を持っていて立場をわきまえているタイプの先制ブロック穏健派オタクなので、今回は良く言えば万人受けする、悪く言えばありきたりな推し中心オールキャラほのぼの話を書いた。
この推しと言うのは、ルイという女の子のことだ。雀のような翼を持つ、若い薬師の少女なのだ。
前述の通り私はカップリング二次創作をするオタクである。ルイ受けを主食としており、今回の作品はオールキャラとは言いつつも、推しカプの攻めさんの出番が多いものとなっている。
つまり推しカプのキャラクター達をメインに据えているのだが、それはそれ、これはこれである。出来うる限りカップリングに見えないような描写に何度も書き直したし、原作のキャラ設定から大きく外れないように細心の注意を払って執筆した。
公式や一般人が見る場なのだ。作品の描写に対し、絶対に非公式カップリングに見えないよう、慎重に慎重を重ねていた。
ひたすらにキーボードを叩く、叩く、叩く。気が付けばモニター下の栄養ドリンクの缶の数は片手を超え、とうの昔に食べ終わったブロックタイプのバランス栄養食品やゼリー飲料の空容器が転がっていた。
はたと窓に視線を向けると、カーテンの向こう側が明るかった。いつの間にか、夜明けを迎えていたようだ。
そして、私の執筆作業も、終わりを迎えた。
「ハァ……ハァ……で、出来た……? ……で、出来た……!」
徹夜のせいでモニターの光がやたらと眩しく感じる視界の中、出来上がった原稿を隅から隅までチェックする。文章ソフトの校正機能をフルに活用し、ソフトの便利な機能に頼り切りになること無く、自分でも最初から最後まで読み直して誤字脱字が無いかを確認し、それを三回ほど繰り返す。
そうして校正を終えたら、ホームページの投稿フォームにタイトルを入力し、キャプションには起動していたテキストファイルにメモしていた小説のあらすじをコピー&ペーストして、Word形式で保存した本文のファイルをフォームにアップロードする。
キャプションやタイトルに誤字脱字が無いか何度も確認してから、投稿ボタンを押す。数拍の後、画面が切り替わり「投稿されました」の文字が表示された。
「ッシャ、やった、終わった、投稿出来たぞ! 朝だけど知らん! タイムラインのフォロワー達に見て見てするぞ!」
睡眠が足りていないこと、そして徹夜明けのテンションからか、やけにハイテンションなままページを切り替えて、作品一覧に反映されているだろう自分の作品を探そうとした。
今日は土曜日。私のような例外を除き多くの人は休みなので、朝一番の宣伝でもオールでTRPGを回していた卓修羅のフォロワーなんかが見てくれたりするだろう。
しかし、マウスを動かす手が止まる。自分の作品より三つ前に投稿された作品のキャプションに目が留まったのだ。
キャプションの一文に、私にとって――いや、恐らく多くの同胞たるオタク達にとって、目を剥くような文章が記載されていた。
ウォルターとレイシーが恋人同士の設定です!
「……は?」
レイシーはルイちゃんと同年代の、人族汎人種の女の子キャラである。ARK TALEの世界観では珍しいショートヘアで、また彼女の職業もこの世界観的には珍しく、自律人形{ゴーレム}技師という、いわゆるエンジニアやメカニック系の職に就いている子だ。
界隈ではゲーム内において、そのチートとも言える性能により、ガチ勢エンジョイ勢キャラ推し勢問わず、ガチャでピックアップされたら「天上してでも引け」と言われている。
そして重要な事だが、このウォルターとレイシーというキャラクター達は、恋人同士では無い。非公式カップリングだ。
更に言えば、ウォルターはルイ受けカプ内で私の最推しと言っても良い組み合わせであり、レイシーに関しては、レイシー推し及びレイシーカプ推しのオタク達から受けた度重なる煽り、暴言、マウント行為、クソリプ粘着、鍵垢引用RT、ルイちゃんに対する改悪系キャラ崩壊含むヘイト創作、その他諸々により、キャラクターそのものを見ることすら嫌悪感を感じる程の地雷であった。
ちらりと画面を見直す。間違いなくコンテストのサイトだ。オタクが集う二次創作イラスト・小説投稿サイトでは無い。
「……はぁ?」
先程よりワントーン低い声で、再び声を漏らす。
公式や一般人が見ている場に、カップリング作品を投稿した馬鹿が居た。
その事実がじわじわと脳に染みこんでいき、ようやくしっかりと現実を理解して――。
「――ふっざけんなボケえええええええええええええええッ!!!!!!!!!!」
私(オタク)は激怒した。必ず、かの邪知暴虐の地雷カプ投稿クソオタクを除かねばならぬと決意した。
その怒りたるや、火山の爆発的噴火の如く。住み込み管理人の飼っているロボロフスキーハムスターが驚きのあまり小便を漏らして小さくふわふわな白い腹を天に向け、外の電線に留まっていたカラス達が一斉に飛び去り、地域猫は飛び起き尻尾をボンボンに爆発させ、近所で飼われている犬達がこぞって吠え始める程の声量。
ムンクの叫びならぬ、憤怒の叫びであった。
「クソがああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
私(オタク)は、ルイカプ推しの民である。解釈を練り、ルイ受けを生産して暮らして来た。けれども地雷に対しては、人一倍に敏感であった。
突然の原爆投下に怒り心頭になった私は、近所迷惑なんて頭の中から蒸発し、机に両の拳を思い切り叩き付けて思いの丈のまま叫ぶ。
確かに、レイシー関連は私の地雷である。
だが、公式の場にカップリング作品を投稿する馬鹿は、それ以上の地雷であった。
一億歩譲って地雷カプを見てしまった事実には目を瞑れる。そういう事はよくある話だ。
が、非公式カップリング二次創作を、よりにもよって公式の場に出す行為は、生理的なレベルで受け付けられない。
最早地雷というレベルでは無い。核爆弾である。
爆発した思考と感情に意識が飲まれかけた、その時だった。
「──力が、欲しいか」
「……は?」
不意に聞こえた声に、意識が憤怒の海からようやく帰還する。
困惑した声を漏らし、立ち上がってキョロキョロと当たりを見渡すも、一人暮らしである私の部屋には当然誰も居なかった。
その声は男の物で、天から聞こえてくるようで、地の底から響いてくるようでもあった。
「――忌むべきものを断罪し、悉く消し去る力が、欲しいか」
肩で息をしながら、声の言葉を脳内で反復する。
忌むべきもの。
憎き地雷と地雷推し。
それらを悪として断罪し、この世から消し去ることが出来るなら――。
「……欲しい」
私は大きく息を吸い――答えた。
「――だけどそんな力より、今からでも推しカプを覇権に出来る画力(ちから)が欲しい!」
「……は?」
今度は声が困惑する番だった。
「小説なんて結局、好きな人しか見ないんだ。そのキャラが、カップリングが好きだからこそ、小説にも手を伸ばす。逆に言えば、そうでなければ読まれない。それが小説ってものなんだ……。一応私も絵は描くけど、大して絵が上手いわけでも無い文字書き主体の私じゃあ……ルイカプ推しを……自分以外の推しカプ作品を増やすことなんて、出来ないんだ……! こんな無力感を感じるのは……もう……嫌だ……っ!」
「お、おう」
「だからこそ! 画力が欲しい! 超絶的な画力と物語構成力から生み出される、あの憎き地雷推し共を真正面から黙らせ他カプ推しをも改宗させる程の、平均4ページから8ページ程の推しカプ漫画を週一ペースで、36ページ以上の推しカプ漫画同人誌を一ヶ月から二ヶ月程度で生産できる力を!」
「そういうのはちょっと取り扱っていませんね」
「ちくしょおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
私は絶望した。崩れ落ちて床に膝と拳をつき、漫画でよく見る悲壮なシーンのように叫び声を上げた。
「だが、それに匹敵する力……他の世界でもよく採用されている、所謂【チート】の力を授けよう」
「いらねええええええええええええええ!!!!!」
「その力を以て、世界を在るべき姿に戻すのだ! 選ばれし者よ!」
「画力を寄越せえええええええええええ!!!!!」
私は床に拳を叩き付けたまま、下を向き絶叫しているため気が付かなかった。
どこからともなく現れた極光が、迸る光景に。
──『同人女の異世界召喚』より
※『同人女の異世界召喚』の原型はこのサイトで読むことがでます。
https://help.ln-street.com/2025/06/27/news2025062701/
ここまで読んだ僕の感想は、「あいつ、居直りやがったな」であり、「しかし忠実にナラトロジーの構造を守っているな」ということであった────続きはオンラインサロンでご覧ください)
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