特別公開:物語論(ナラトロジー)で「私」という物語を探る1 山川健一

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いよいよ本編の講義です。今回は『物語論(ナラトロジー)で「私」という物語を探る1』の冒頭を掲載いたします。ご興味をお持ちの方は、ぜひオンラインサロンへご参加ください

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「私」物語化計画 2019年1月11日

特別公開:物語論(ナラトロジー)で「私」という物語を探る1 山川健一

いよいよ本編の講義です。

ここからはなるべく体系的に、本質的に、しかしいつも通り脱線しながらやっていこうと思う。

最初の今回は、いちばん大切なことを書く。

それは、すべての物語は「欠落」「欠如」があるからこそ始まるということだ。あるいは「禁止」でもいい。これは物語論(ナラトロジー)の基本で、ウラジミール・プロップやジョセフ・キャンベルをはじめ、多くの研究者が指摘していることだ。

冬休みというか正月休みに課題図書として太宰治の「メリイクリスマス」を読んでいただいたが、あの短編の欠落とは「敗戦直後」ということだった。金銭的に困窮し、仕事や物資が乏しく、未来が不確かだった。そうしたとても明快な欠落を、あの主人公は抱えていた。

実作者としてのぼくは、じつは物語論を意識して書いてきたわけではないが、物語の構造を知っていけばいくほどその通りだなと思うのだ。

そして、皆さんが今から書こうとしている主人公が抱える欠落とは、作家自身(あなた自身)の欠落そのものなのだということを忘れないでほしい。

ぼくら全員が餓えている。ジグソーパズルのピースがいくつか足りない。

その足りないピースを探し出すために、ぼくらは小説を書くという長い旅を繰り返すのである。

足りないピースとは何か?

それが実感としてわかった時に初めて、人は発語することができる。

発語というのは文字通り言葉を発するという意味で、小説の1行目を書き記すということだ。

ロックヴォーカリストが「イエーッ!」とシャウトする。その声にはまだメロディも歌詞もついていない。だがヴォーカリストにとっていちばん大事なのは、「イエーッ!」という叫び声ではないのか、とぼくは思っている。なぜならこの短い「イエーッ!」には、彼の呼吸法や声帯の使い方、声によっていかに感情を表現するのかという回路がすでに備わっているからだ。

小説も同じだ。まず、発語しなければない。真っ白なテキストエディタ画面の荒野に、歩み出さなければならないのだ。

ここで、「ジェノバの夜」の話を思い出してほしい。

あそこに、あなたの欠けたピースはあったはずなのだ。今の日常生活を忙しく送っていると忘れてしまいがちなあの日々、あるいはあの瞬間。そこに、あなたにとっての失われたピースはすでにあったはずだ。

愛されたかった。

抱きしめて欲しかった。

金がなかった。

天涯孤独で極貧の子供時代をすごした──というほど極端でなくてもいい。

愛や金ってものは、だれにとっても少し足りないものだ。どんなに幸福な家庭生活を送る人も、ちょっとした不満はあるものだ。その不満の感じ方に、失われたピースがいったい何なのかということが深く関わっている。

愛の話をすると……(特別公開はここまで、続きはオンラインサロンでご覧ください)

 

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